誰かの声が聞こえた。

 静かで、優しくて、そしてどこかで聞いたことのある声。

 否、それはいつも聞いている声。

 その声が、誰かへ語りかけていた。

 

 誰へ?

 

 それは簡単。

 この暗い空間にいるのは自分一人だ。

 だから他には誰もいない。

 その声の主も、当然いない。

 

 だからその声は、郁也へ向けられたものに他ならない。

 

 だが、何故かその声は郁也には分からない。

 それが声だと分かっても、それが何と言っているのか、郁也には分からなかった。

 

 

 

 Chapter12 殲滅作戦(�T)

 

 

 

 目を覚ますと、首を傾げたウィンがベッドの横にいた。

「郁也さん、少しうなされてましたけど、どうかしました?」

「……あー、変な夢見た。……俺、うなされてたか?」

「はい。少しだけですけれど――って、勝手に部屋に入ってよかったですか?」

「あぁ……それは気にするな……。くそ、恥ずかしいとこ見られたな」

 体を起こし、ぐっと全身を伸ばす。

 

 しかし、本当に変な夢だった。

 自分に何かを言っているのに、それが自分には分からない。

 本当、矛盾した夢だ。

 

「夢なんて、所詮は夢なんですから忘れた方がいいですよ?」

 と、ウィンがそう言ってはくれるが気になるものは仕方が無い。

 努力するよ、などと曖昧な返事を返して、郁也は着替えるべくベッドから下りた。

「んじゃ、着替えるから先飯食っててくれ。すぐに行く」

「はい。分かりました」

 では、と可愛く一礼をすると、ウィンは郁也の部屋を出て行った。

 だが、そこでふと気がつく。

「……あいつ、何しに来たんだ?」

 目的も何も無いのに、何故かウィンはこの部屋を訪れた。

 その理由が分からずに郁也は首を傾げながらも、着替えを再開した。

 

 

 

「朝食を食べて少ししたら集合するので、それまでに用意を済ませてくださいね」

 食卓につくなり、そんな台詞がウィンから飛んできた。

 で、唐突にそんなことを言われた郁也からしてみれば、

「……あのな? そういう重要なことはもっと早くに言おうな?」

 もはや呆れの感情しか浮かばない。

 用意はまぁ、ストレイドだけで大丈夫として、心の準備が全く出来ていない郁也であった。

 

「えーっと……言いませんでしたっけ? 私」

「微塵も聞いてない」

 

 呆れを通り越してため息が出てきた。

「まぁウィンの忘れっぽいところは今に始まったことじゃないさ。あんまり気にしてやらんでくれ、郁也君」

「そういえば前にも同じことあったよなぁ……」

 この歳で忘れっぽいって、結構将来が不安に思えるのだが。

 が、そんな会話が不満だったらしく、

「私、忘れっぽくなんかありませんよーっ」

 可愛らしく両手を突き上げそう返した。 

 

「じゃあ何で忘れたんだ」

「そ……それは……。……ひぅ」

 とりあえず、閑話休題。

 

 

 

「郁也さん。準備できましたか?」

 ノックの音に遅れ、ウィンの声が扉越しに聞こえた。

 その問いに郁也は、あぁまぁ、などと曖昧な返事をしつつも、

「準備はいいんだけどさ、服とか。このままでいいのか? 明らかに軽装過ぎるだろ。これ」

 そんなことに疑問を抱いていた。

 

 ちなみに、今の郁也の格好。

 腰にストレイドを収めた鞘を提げ、あとはウィンが何処からか調達してきたこの世界の服を着ているだけである。

 もともとこの世界の服なので、ストレイドに関しては違和感を感じないのだが、それ以前にそれはこんな格好でいいのか、と思わせるものだった。

 何故ならば郁也が着ている服は、郁也の言葉で言えば春の終わりとか秋の初めに着るような薄さなのだ。

 故にそんな格好をしている郁也は、模擬戦ではない実戦でこの格好では結構危険なのでは? とか考えてしまうわけで、その疑問も当然といえば当然のものだった。

 

 が。

「問題ありませんよ?」

 と、返すウィンの言葉はそんなものだった。

「郁也さんから見れば信じられないかも知れませんが、この世界の服、元から強度はかなり高いんですよ?」

「……こんな服でもか?」

「はい。というかその証拠に、今までで破けたり裂けたりしたものは少なかったと思うんですが」

「……」

 そういえば、そうだったかもしれない。

 刃物などで切られたのならばともかく、擦ったりしただけでそういうことになったものはほとんど無かったと思う。

 無論、郁也の世界の服では破けるような擦り方でも、だ。

「技術から違うんだな、この世界は」

 結局、郁也はそのウィンの言葉には納得せざるを得ず呟いた。

 まぁその技術が如何なるものかなど分かるはずは無いが。

 

「でも、用意はもう出来てるんですよね? でしたらそろそろ行きませんか?」

「あぁ。そうだな」

 扉越しのウィンにそう返すと、郁也は扉へと向かう。

 そして、扉を開け放――

 

 ゴッ、と。

 

 もの凄い鈍い音と、もの凄い鈍い感触が手に伝わってきた。

「……何?」

 それが何であるのかを瞬間的に判断出来ず、郁也はつい呟く。

 

 だが。

 

 開け放った扉のすぐ向こうで、頭を抑え小さく震えているウィンを見た瞬間、何が起きたのかを瞬間的に理解した。

 

「ち、ちょっとーっ!? 大丈夫かお前ーっ!?」

「……大丈夫なわけ……無いですよね……? ……はぅ」

 

 がくん、と全身から力が抜けるウィンを見て、結構本気で焦った。

 

 

 

「えぇいっ」

 目覚めの挨拶は、そんな可愛らしい声と暴力的な動作だった。

 目が開くと同時に拳を顔面向けて放つその意気や良し――なのだが……。

「あの、ウィンさん。届いてませんが?」

 ウィンの小柄な身体とそこまで長くない腕では、郁也の顔に届かなかった。

 よって、ウィンの拳は空中で止まり、漂う。

「……て、てぇいっ!」

「ぐふぅっ」

 そして軌道を大きく変更し、そのまま鳩尾へと叩き込まれた。

 

「鳩尾は危険だぞ、ウィン」

 ウィンを連れ、二人は地下迷宮を歩いていた。

 なんでも集合場所が抜けた先なんだとか。

「扉での強打も反則です」

「いやあれは俺のせいじゃないだろ」

 むしろこっちが問い詰めたい。

 何故扉の真正面という危険地帯などに立っていたのかを。

「あの部屋はそもそも私は使いませんから、中から引いて開けるタイプだと思ってたんですーっ。郁也さんの馬鹿ーっ!」

「自分の家の構造ぐらい覚えておけよっていうか八つ当たり!?」

 とてもとても理不尽である。

 

 というかこの二人、本当に今から戦いに赴くという自覚はあるのだろうか。

 見る限り、そんなようには見えないのだが。

 

「八つ当たりするなら敵にしてくれよ……」

 ……まぁ、一応自覚はあるようである。

 その発言の方向性はどうであれ、だ。

 

「あれ、誰もいないぞ?」

 迷宮を抜け、空の下に出た郁也の第一声はそれだ。

 集合場所は迷宮を抜けた先、と聞いていた郁也は、てっきり抜けてすぐの場所に集まっていると思ったのだが……。

「入り口のすぐ近くには集まりませんよ。折角カモフラージュしてるのに、場所が丸分かりになっちゃうじゃないですか」

「あぁ」

 考えてみれば確かにその通りだ。

 入り口の近くなどに集まれば、そこに入り口がありますと言っているようなものである。

 いくら地下迷宮というもう一つの防衛ラインがあるにしろ、安全に徹するに越したことは無いのだ。

 ……しかし、それはいいとして気になることが一つ。

「ウィン。なんかお前の言葉にすっごい棘を感じるんだが」

「それはそうです。まだ怒ってますから」

「……だからそれって理不じ――」

「そんなことより、ほら。早く行きましょう?」

「……」

 もはや返す言葉が見つからなく、郁也は無言で従った。

 

 さぁ、戦場という場で世の中の不条理に対しての鬱憤を晴らそう。

 

 

 

 当然なのだが、辿り着いた集合場所には最近見知ったばかりの顔が並んでいた。

 さらに中には自分の鍛錬や模擬戦闘に付き合ってくれた人達も見受けられる。

 だが、それも全体の半分ほど。

 残りの半分はその顔こそ知っていながら、戦えるなどとは思わなかった人達だった。

 

 というか、中にはどう見たって華奢な体つきをした女性までもいる。

 それは郁也にとって驚きに他ならなく、

 ――……どう戦うんだろ

 なんて、無くてもいい疑問を抱いていた。

 

 自分の隣にいる、華奢どころか身体も完全な子供であるウィンのことなど忘れて。

 

「え? 私って忘れられてたんですか?」

「あ、そういえば」

「えいっ」

「ぐふっ」

 

 だがその実力は、彼も知る通りなので問題は皆無だ。

 

 

 

「そろそろ出発するみたいですね」

 雑談の途中に後ろを振り返り、ふとウィンはそんなことを口にした。

「そろそろって、出発にはまだ時間あるだろ?」

 腕に目を落として――も、時計は無いが、それでもまだここへ来て五分と経っていない。

 だから出発にはまだもう十分ほどあるはずだ。

「時間はまだあっても、揃えば出発するのが基本なんです。

 決めた時間に潜入するような作戦ならともかく、今からの作戦みたいに時間の正確さを求めない作戦では時間の浪費は極力避けるようにしていますから」

「そんなものなのか?」

「はい。そんなものです」

 となれば、今しがたメンバーが揃ったので出発する、ということなのだろうか。

 人数にしては変わったようには見えないのでどうなのかはよくは分からないが、まぁ多分そんなところなのだろう。

「郁也さんも行きましょう? 私達が一番後ろですし、置いていかれますよ?」

「あぁ、分かってるよ。行こうか」

「はい」

 最後尾の二人も歩き出す。

 

 そうして、ギルディスの殲滅部隊は作戦の実行地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 目的地はあと数分――もう視線の先に見える位置まで来たところで、郁也は一つの事実を知った。

 それはこの作戦のことだ。

 何でもこの作戦には、作戦らしい作戦は無い(、、、、、、、、、、)らしいのだ。

 それだけを聞けば何のことだと思うだろうが、だが言葉通りなのである。

 

 この作戦は、殲滅作戦という名だけのもので、あとは何も決まっていない。

 つまり、この作戦の形式は完全な自由行動型なのだ。

 それを始めて知ったときは郁也も驚いたものなのだが、それも少しだけ。

 実戦経験もあまりない郁也に取っては、纏まって戦う団体戦闘よりも個人戦闘や少数戦闘の方がやりやすい。

 つまりは、作戦などを定められてもその通りに動ける自信が無いのである。

 故に郁也は、誰かと共に動くよりも一人で動くことを選んだ。

 

 ……まぁもっとも、

「そろそろですね」

 隣でそんなことを言ってくるこの少女だけは、きっと何を言おうがついてくることは予想できていたのだが。

 

 

 

 そして、彼等は戦場に到着した。

 その瞬間に皆は自身の動きやすいように行動を開始し、郁也と――そしてやはり着いてきたウィンは、近くにあった外壁らしきものに身を隠し、辺りを窺う。

 

「……全く、気配の欠片も無いな」

「それはそうですよ。彼等だって、こっちの接近にはもうとっくに気付いているはずです。気配を丸出しにして歩くなんてことはしないと思います」

「と……なれば、こっちから行くしかないか」

「そうですね」

「んじゃぁ、ウィン」

「はい?」

 すっと郁也は立ち上がると、にっと笑みを浮かべた。

 初めてのまともな戦場だというのに、恐怖など微塵もその表情に感じさせず、

「派手に行くぞ」 

 そんなことを堂々と言い放った。

 

 ウィンがはい? と反応する間もない。

 郁也は外壁に手を当てると――それを心で念じた。

≪Hardness down≫

 

 そしてストレイドが、それに答える。

 郁也が心に浮かべたその意図を汲み取って。

 

「行くぞ!」

「は、派手ってそう言うことなんですか!?」

 隣で驚きながらも、既にその手に剣を創造したウィンの言葉は完全無視。

 

 気合、一閃。

 

 それだけで、風化した石のように脆くなった外壁は、見事なまでに粉々になった。

 

 だが脆くなったとはいえ、その質量が変わったわけではない。

 その瓦礫は地面に落ち、やがて崩壊音として辺りに響き渡る。

 それこそ、ある程度離れたところで既に始まっていた戦いの音など聞こえなくなるぐらいに。

 そしてそんな轟音だ。

 奴等に聞こえなかったはずはないだろう。

 

 近くにあった建物の中より、四体のギルディスが飛び出してくる。

 だが、それが郁也達に気付くよりも早く――

「おぉぉぉぉぉッ!」

 郁也の一閃が、一匹目のギルディスを両断した。

 そしてすぐさまバックステップで距離を取り、ウィンの隣へと戻る。

「先手必勝、ってな」

「あの場合、不意打ちだと思いますけど」

 苦笑しつつも律儀に返すウィンにこちらは笑みで答えつつ、郁也はストレイドを正面へ突き出す。

 狙いは、何処から調達したのか剣をこちらに同じく突き出してくるギルディス。

 その剣の長さを郁也は見、そして一瞬で見極める。

 こちらのストレイドの方が長い、と。

 つまりはリーチの差。

 こちらはそれが勝り、ギルディスの持つ剣がこちらの手に届こうとする直前に、郁也のストレイドがギルディスの剣の鍔に当たる。

 そして――弾いた。

 大きく横へ逸れる剣を咄嗟に戻そうとギルディスは試みたようだが、そんな間は与えない、と言わんばかりに、郁也は地面を蹴り、ギルディスの懐へ潜り込む。

 

 だが――忘れてはならない。

 これは一対一ではなく、あくまで二対三なのだということを。

「郁也さん!後ろっ!」

 聞こえたウィンの声。

 それだけで郁也はウィンの言いたいことを悟る。

 同時に、地面を――否、影を見た。

 地面に見えるのは自分と、自分が懐に飛び込もうとしているギルディスと、そして――もう一匹。自分に迫る、ギルディスの影を捉えた。

 だが、その距離は意外に近い。

 反応は出来ても防御には間に合わないだろう。

 となれば、防御は捨て回避行動を取るしかない。

「くっ!」

 が、どのみち不意を突かれたことに変わりは無い。

 咄嗟に郁也は身をよじるが、それでも避けきれない攻撃が郁也の背中を浅く裂いた。

「――っ」

 じわりと背中に痛みが走るが、そんなことは気にしていられない。

 よじった体を、片足を軸にさらに回転。

「お返し、だッ!」

 そして、ストレイドを渾身の力で振り抜いた。

 まだ幾度しか経験したことの無い肉を断つ感触が腕に走るが、そんなこと気にすら留めない。

 何故なら、その背後からは既にもう一体のギルディスが迫っているのだ。

 故に余計な思考は無用なのである。

 

 しかし、そうやって無駄な思考を捨てたところで、既にギルディスは郁也を切りつけんがために剣を振り上げている。

 対する郁也は今だストレイドを振り切った不安定な体勢から立ち直れていなかった。

 

 この状況を見れば、郁也がどう足掻いたところで郁也の負けは確実だろう。

 ただし。

 もちろんそれは、郁也と共に来た一人の少女がなければ、だが。

 

 そして次の瞬間、ギルディスの剣が郁也の体を真っ二つにした。

 

 はずだった(、、、、、)。

 

 だが実際はどうだろう。

 真っ二つにされたはずの郁也からは血の一滴もです、あろうことかそのまま霧散して消えた。

 

「ウィンの見せた幻覚だよ」

 そして本当の郁也は、既にストレイドを構えてギルディスの背後へ。

 そこからは、先ほどと立場が逆だ。

 ただ一つ違うと言えば、そう。

 

「はッ!」

 

 そのギルディスには、既に自分を助けてくれる仲間が近くにいなかったということだろう。

 故に郁也の一閃は、もはやどうすることもできなくなったギルディスの命を絶った。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 

 ……あれ、郁也がとっても強い。

 この世界に来てまだ一ヶ月も経っていない計算なのに、おかしいです(マテ

 『見る』能力、書いていて知ったんですが、かなり強すぎますね。

 こんな能力が潜在していたとか完全なお都合設定みたくなっているじゃないですか。

 でも書いてしまった手前もう取り戻しが……

 

 ……自重しますか(ぁ

 

 

 

 あ、ちなみに。

 最初の夢は当然今後の伏線です。

 皆さん覚えておきましょう(ぇ

 

 でわ。




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