「はぁ……テストの次の日は、全国的に休みにするべきだとおもうんだけどなぁ」
深いため息と共に、すずがそんなことをのたまった。
昨日は昨日で、今日は今日でよく落ち込む奴である。
「そもそも日程が縮められてるんだから、その分授業が増えないだけいいと思えよ」
「いいよねー……。隼人君は何でもそつなくこなせちゃうから、そんな悩みもないんだー」
「いやただすずっちが勉強不足なだけだしね」
身も蓋も無い突っ込みだった。
が、至って正論だったりするので反論が出来ないのがすずの敗因なんだろう。
まぁ、とりあえずそんなすずの自己中心的理論は置いておいて。
「置いとかないでよ!」
……置いといて。
「地の文にすら無視された!? 私って一体!?」
「なぁ、さっきからお前は何と話してるんだ?」
「しかもこれ聞こえるの私限定!? そんな都合のいい設定が!?」
何だか壊れているすずは、やっぱりさて置いて。
「ねぇ、皆」
不意にそう声を上げた梓へと、皆が視線を向けた。
梓の視線は、腕時計へと落とされている。
それで皆も今がどういう時なのかを思い出したのだろう、各々の腕時計やら携帯のディスプレイやらに視線を落として、
「あと五分!? いつの間に!?」
ゆっくり歩きながら話し込んでいる間に、である。
そこに表示されていた時間は、八時二十五分。
そして彼等は今、通学途中だった。
即ち、遅刻五分前。
誰もがそれを察して、とりあえず全てのやり取りを中断させて顔を見合わせて、
頷くと同時、彼等は風となったのだった。
MEMORY5 安らげない一時
「い……今、なん、分……」
ずざぁっ! と凄い勢いで教室に飛び込んだため、教室にいた皆の視線を一斉に集めてしまったのだが、それよりも事実確認が優先だった。
「二十九分だけど……どうしたの? 皆」
それに答えてくれた女子生徒が何か苦笑を浮かべていた。
どうした、と訊く割には、いつもの面子であるためにある程度の予想がついたのだろう。
「間に合ったか……。それじゃあ、また後でな……」
それでやっと息を吐いた翔が、隣で同じく息を吐いた百合菜と共に教室へ戻っていった。
「とりあえず助かったな……」
歩も同じく息を吐き、とりあえずは自分の席へと向かう。
で、その後ろでは力を使い果たしたすずが隼人に持たれかかり、さすがにこういう時ばかりは無理強いできないのか、隼人も素直にその身体を支える。
それが何となく絵になって、教室の所々から声が漏れるのだが、既にそういった反応に耐性が出来ている隼人は特に気にもしていなかった。
「おーい、席につけー」
でまぁ、そんな感じにちょっと騒がしい朝は、鳴り響いたチャイムと教室へ入ってきた担任によって終わった。
「ねね、歩。ちょっといいかな?」
昼放課、何やら笑顔を浮かべながら、すずが歩の席へとやってきた。
……が、自然と歩はそれに怪訝そうな表情を浮かべた。
すずがこうやって近寄ってくるときは、大抵ロクでない話が舞い込んでくるのだ。
だから今度も、出来れば即答で断れるように身構えたのだけど、
「入学祝パーティー、出し物は喫茶店になりそうなんだけどさ、料理長は歩でいいかな?」
珍しいことに、それは結構普通な話だった。
思わず身構えていた身体を戻し、だけど今度は歩は首を傾げる。
「何で俺なんだ? 他にも上手い奴ぐらいいるだろ?」
「あー……歩、君の料理の腕を知ってるからこそ私は訊いてるんだけどさ、多分他の知ってる子が今の台詞聞くと、多分怒るよ?」
「いや何で怒られるんだよ……」
「それ程に君の料理は美味しいんだってば。毎日食べられる梓ちゃんが羨ましいぐらいだよ」
確かにそこそこ料理は出来るつもりだが、まさかそこまで言われるほどとは自分でも思わない。
が、すずは味音痴というわけでもないし、そう言うのだからそういうことなのは本当なのだろう。
「他の皆は?」
「歩がいいならそれでいいって言ってる。どうかな?」
そこまで言われては、確かに断る理由も無かった。
それに接客とかを考えれば、確かにそっちの方がいいかもしれない。
だから歩は少し考えた後、その問いに頷いた。
「まぁ、それなら俺は構わないけど。てか、ちゃんと休憩はもらえるよな?」
「それは当然。ちゃんとシフトも考えておくから大丈夫」
ならば、他に言うことは無かった。
どうせどんな仕事でもいいや、なんて思っていたのだ。
むしろ自分から決める手間が省けて、助かった。
「だったら任せるけど。念のため、決まったら教えてくれ」
「うん了解ー。あ、それとそのチキンライス一口くれない?」
「……お前は頼みに来たのかたかりに来たのか、どっちだ」
そう返しながらも、一口をすずの前に持っていくと、それにすずは食いつく。
今更、間接キスとかを気にするような間柄でもないのである。
まぁ、ファンが見れば逆上するような光景であることは確かだろうが。
「んー……やっぱり絶品。今度弁当作ってきてくれない?」
「金と時間をくれたら作ってやるよ。っつーか、親父と梓の分で手一杯なんだけど」
「そこを何とかっ!!」
「無理だって。さすがにそれは時間的にキツい」
「ちぇ……いいなぁ、歩の彼女になる人は」
「……随分と話が飛躍したな。っていうか何故彼女」
「だって歩、何気に優しいし。彼女とか出来たら毎日でも弁当作ってあげるんだろうなーって思って」
「いやまぁ……。さすがに毎日は無いだろ」
「どうかなぁ……」
「っていうか、お前には隼人がいるだろうが。あいつも料理、出来ただろ?」
確か以前、家庭科の時の調理実習でもその腕前を見せ付けていたはずだ。
実際に歩はそれを食べてはいないので分からないが、評判は結構――いや満点とるぐらいに良かったはず。
すずもそれを思い出したのか、視線を隼人へと向けて、
「隼人く――」
「却下」
「酷っ!?」
即答で断られていた。
哀れである。
「そ、そこを何とか!!」
「いや、俺も歩と同じような感じだし。うちの両親の弁当とかで手一杯。……ってか、少しは自分で作る努力したらどうだ?」
呆れたような目で隼人は見るが、すずは唸るだけ。
まぁ、すずは全くと言っていいほどに家事全般が出来ないのだから、仕方ないが。
確か椎乃曰く、すずの料理は一種のテロ行為らしいし。
……ちなみに、何故椎乃がそれを知っているのか、それは謎である。
「あれだ。一年の教室前で『お腹空いたなー』とでも呟きながら歩いてみろ。絶対に何人か食いついて、飯ぐらい分けてくれるぞ?」
「それじゃあ私が貧乏みたいだし……。それに私は、美味しい弁当が食べたいんだよー」
「美那さんに作ってもらえよ。あの人、料理上手いだろ」
「無理だと思うよ。お母さん、あれで結構忙しいもん」
美那というのは、会話の流れでも分かるようにすずの母親だ。
歩は会ったことが無いのだが、基本的には隼人やすずから結構話を聞いているので、ある程度のことは分かっていた。
隼人曰く、凄くいい人。
すず曰く、人の皮被った鬼畜。
人の評価なんて千差万別なんだな、とよく分かる二人の感想であった。
ちなみに、鬼畜は人の皮を被らなくても人間でもあるのだが、指摘されたら怒られたのは別の話である。
「なら諦めろって。さすがにこっちだってそこまで面倒見切れないし」
「……面倒って。まるで私がそういうことしかやってないみたいな言い草だね」
「ん? 違うのか?」
「違うよっ!!」
いや違わないと思う。
「何か今日うるさいよ!?」
気のせいである。
「お前は、今朝から一体何と話してるんだ」
「何!? これ私の幻聴!? っていうか作者のご都合主義かッ!!」
「……保健室、行くか?」
「今の突っ込めよ作者ぁーッ!!」
とまぁ、そんな風に暴走するすずはさて置き。
「そうだ。料理長って隼人でも勤まるんじゃないのか?」
「ん? あぁ、俺もそれは言われたんだけど――」
「隼人君がいないと、すずちゃんを目的に押し寄せてきた人とか撃退出来ないんだよね」
「そそ。俺達みたいに同じクラスだった奴は特に、去年の惨状はもう避けたいところなんだよな」
傍で話を耳に入れていたのか、クラスメートの数人からそんな言葉が飛んできた。
その言葉に、歩を含めて事情を知らなかった者達も納得そうに頷く。
入学祝パーティーといっても、その規模は学園祭並だ。
下手をすれば、そこらの学校のものは凌ぐぐらい。
だからこそ、毎年問題を起こすような客も珍しくは無いわけで、去年はそのことを失念していたせいで痛い目を見たのだ。
その五割を占めていたのだが、先に挙げられたすずの熱狂的なファン。
ただお客として来てすずを見て帰る、とかそれだけならまだ平和なのだが、人によってはそうはいかない。
まさに狂喜乱舞。
人って熱狂的になるとあそこまで暴走できるのか、という程にそう言った人達は暴れ、その度に教師や隼人達と言った責任者及び実力者が狩り出されたのだ。
だからこの割り振りは、あの出来事を再来させないようにするための予防策なのだろう。
「まぁ、本番の時は私も変装することにしてるんだけどね」
無駄に立ち直りの早いすずが、笑顔で指を立てて言う。
その顔が妙ににやついているのは、きっと錯覚ではない。
「バニーガールとか過激なのは審査で落とされるぞ」
「ふふ……、甘いよ隼人君。私がそんな単調な思考で考えてるとでも思った!?」
「あぁ」
「まさかの突っ込み!? 私ショックッ!」
「っていうか短絡思考馬鹿ってお前のことを言うんだろ」
「ダブルショックっ!!」
うぅ……! とか頭を抱えてリアルに泣きかけるすずの肩をはやとはぽんと叩く。
「は……隼人君?」
「安心しろ」
「う……うぅ……っ! 隼人くーん!」
「そういう属性も結構好まれるらしいから」
「私に何か恨みでもあるのかコンチクショー!!」
うわぁぁんっ! と今度はリアル泣き。
全力の泣き声をあげ、すずは教室を飛び出――。
「はぅっ!?」
――そうとして、近くの机に足を思いっきり引っ掛けた。
そうして巻き起こる倒壊の連鎖。
どんがらがっしゃんという擬音がぴったりなぐらいに机と椅子がすずへと襲い掛かった。
「私……何か、した?」
こうして、すずは短い生涯をここに終えて――。
「死んで……無い……って……」
――ガクリと力尽きた。
そんな賑やかなのか騒がしいのかよく分からない昼放課も午後の授業も終わり、時既に放課後。
何か時間が過ぎるのが早い気がするが、気にしてはいけない。
「すずっち達、やっほー」
さらに放課後は言って僅か一分だというのに、何故かこいつが既にここにいるのも気にしてはいけないのだろう。
っていうか上級生のクラスなんだから少しは遠慮するものだと思う。
「ありゃ、珍しいね。椎乃ちゃんからこっちに来るなんて」
「うん、そう? 別に普通だと思うけど」
「やー、普通上級生のクラスとかには入りにくいと思う」
「別に私はそんな抵抗感じないけど――っと、ごめんすずっち。今は歩に用事があるんだ」
「え、俺?」
急に話の矛先を自分に変えられ、鞄に教科書やらを移していた歩は思わず動きを止める。
椎乃はたたっと軽快に歩の前まで駆けると、その前で一つ頷いた。
「今日から部活と入部受け付け始まるでしょ? だから案内とかしてもらおうと思って」
「あれ。それって今日からだっけか?」
「うわぁ、まさかの反応。自分の学校のことぐらい覚えとこうよ」
「いや正直どうでもいいことだし」
陸上部が、という意味ではない。
まぁ新入部員が多くなるのはいいことだが、現状でも陸上部はある程度の人数は確保している。
だから今年殆ど入らなかったからといって廃部とかになるようなことはありえない。
つまり、そんな現状である以上、歩にとって新入部員とかあまり関係は無いのだ。
「んでもまぁ思い出したよね。って言うことで案内よろしく」
「……拒否権無しかよ」
「どうせ部活行くんでしょ」
「いやまぁ」
確かにそうだが、こうあっさりと指摘されてしまうと何か負けた気分。
……いや、今更口でこいつに勝とうと言う考えが間違いか。
「てか、何故俺に? 百合菜とかの方が取っ付きやすいだろうに」
百合菜もまた、歩と同じく陸上部に所属している。
だからこういう場合、同じ女子である百合菜の方が適任だと思うのだが。
「私もそう思って百合菜のとこ行ったんだけどさ。何か授業終わるの早かったみたいで、もういなかったんだよ」
「なんだそりゃ」
「私に訊かれても知らないよ」
まぁそれもそうだけど。
だがまぁ、一応こうして足を運んでくれたのだからそれを無下にすることも出来ない。
椎乃には少し待ってろと伝え、手早く鞄に物を詰めていく。
「そういえば、すずっちは今日は部活行くの?」
その間、椎乃は暇だったのかすずにそんな問いを投げ掛けていた。
「うん、行くよー。顧問の先生にも頼まれてるし」
「頼まれてる?」
「『初日で月見がいれば、新入部員大量ゲット間違いないからいてくれ』って」
「……うわ、せこ」
「まぁ文芸部なんて年中部員不足みたいな感じだしな」
「幽霊部員、結構いるからね」
すずもその内一人ではあるのだが、そんなのでもちゃんと部として機能してるのだから凄い。
まぁもっとも、それ以上に凄い部活としては天文部辺りが挙げられるのだが。
部員数はもっとも多いのに、活動人数がもっとも少ない部活、何ていうのもなかなかレアなはずだ。
そもそも部での活動自体が少ないため、部活への所属が必須のこの学校では部活に入りたくない奴等の避難場所に使われているとかなんとか。
「んじゃ、行くか」
「うん了解。それじゃあすずっちに隼人、またね」
ひらひらと手を振りながら、椎乃が先行して教室を出て行く。
案内役を置いていってどうするんだか、なんて苦笑しながらも、歩もその後を追った。
案内と言っても、実際にはやることなんて殆ど無い。
陸上部の活動自体は雨でも降らない限りは基本的にグラウンドだし、部室もその活動場所近くにあるから探すことも無い。
校舎出てぱっと見れば分かる程だ。
「昔のこと、まだ思い出せない?」
だから椎乃がわざわざ歩と一緒に行くことにしたのは、きっとこのためだったのだろうと、その切り出しで歩は理解した。
「相変わらず、な。嫌な感じだよ。一部分の記憶だけすっぱり抜けてるなんて」
「そっか。早く思い出せるといいね」
椎乃を知ってる者から見れば、それは信じがたい光景だっただろう。
あの傍若無人で唯我独尊の椎乃が、真顔で人の心配をするなんて。
だが歩達のように付き合いが深い方から見れば、それも珍しいことではない。
本当に困っている人は放っては置けない、それが椎乃の性格の根本でもあるのだから。
「さすがに七年も経った今じゃ、そう不便なこととかも無いんだけどな」
「でも、やっぱり思い出せることに越したことは無いと思うよ」
「まぁ……な」
呟くように返し、歩は軽く自分の右脇腹を抑える。
正確には、そこにある大きな傷跡を。
誰が見たとしてもきっと痛々しいと感じるであろう、その大きくて深い傷跡。
それは今から七年前、歩が事故に遭った時のものだった。
それはとても大きな事故だったらしい。
だが――幸か不幸か、歩はその当時を覚えていなかった。
事故の後遺症、局部的な記憶喪失。
歩には、事故が起こる前後の記憶が無いのだ。
事故が起こる一年ほど前と、起こってから退院するまでの数ヶ月間。
医者が言うには、事故防衛本能が働いてのことらしい。
だが、それでも完全に忘れたわけでもないのだ。
現に今でも、その当時のことを思い出そうとすると、気分も悪く――。
「歩ッ!!」
「――っ」
自分の名を叫ぶ声で、歩は我に帰った。
あまりの声量に周囲がこちらを振り返ったが、その声をあげた当人である椎乃はそんなこと気にも留めない。
ただ真っ直ぐに、冷や汗すらかいている歩を見ていた。
「忘れろ、なんてことは言わない。だけど、無理して思い出しちゃ駄目だよ」
「……あぁ」
「でも、私もごめん。訊くタイミング間違ってたね」
「いや……。何時でも大体こんな感じだろ?」
「まぁ、ね」
今では気にもしていないのだが、どういうわけか椎乃はこうして時折自分の心配をしてくれていた。
以前その理由を彼女に問うたことがあったのだが、
『私、これでも医者になろうと思ってるからさ。そういう立場から見てるとやっぱり心配しちゃうんだ』
という答えが返ってきた。
だが、それだけでは無いのだろうと彼女の言い方には思わせる部分があったものの、歩はそれ以上を訊かなかった。
本人が話そうと思わないことを、無理に聞き出す気も無いのだ。
それに、心配をしてくれていることは確かなのだから、それだけでも純粋に嬉しいから。
「ところで歩?」
「ん?」
不意に名を呼ばれ、考えていたことを頭から追い出して椎乃の方を振り返って、
「とりあえず避けないと、ぶつかる――」
真正面からの衝撃に、前方確認を先にしなかったことに後悔した。
あーあ、なんて椎乃の呟きも然り。
歩は考えに没頭するあまり、真正面から歩いてきたプリントを抱えた生徒に気付くことが出来ず、見事に正面衝突をしてしまったのだ。
しかも相手もプリントに気を取られていたせいでこちらが見えなかったらしく、どちらともに全くといっていいほど回避することが出来なかった
一体どうして一生徒がそれだけの量のプリントを持っているかも気になるが、まぁそれはおいておく。
それよりも重要なのが、そんな風に衝突したからそのプリントが大量に床に散らばってしまい、その生徒――上級生の女子生徒だった――もその上に尻餅をついてしまっていたことだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
結構まともに転んだらしく、その女子生徒は痛そうにお尻を擦っていた。
体格差か、何とか転ばなかった歩は慌てて女子生徒へと手を差し出す。
後ろでは呆れ顔の椎乃が「わー、紳士だねぇ」とかからかうように言っていたけど、とりあえずそれはスルーすることにした。
いやまぁ、人としてこれは当然のことだと思うし。
「は、はい。私は大丈夫です。そちらこそお怪我とか無いですか?」
何故かこちらの心配をしてくる女子生徒の手を取り、とりあえず立ち上がらせる。
「俺も大丈夫です。……というか、すいません。前を見てなくて」
「あはは……気にしないでください。私も同じようなものですから」
「あー、拾うの手伝います」
「大丈夫ですよ? 私一人でも平気ですから」
「いやまぁ、そう言うわけにも行きませんって」
そう言って、先にプリントを拾い集めた女子生徒に続いてプリントを拾い始める。
「んー、私、もしかしてお邪魔?」
「……手伝えよ」
一人呑気にその様子を見ていた椎乃に、呆れ顔で返すが、椎乃は我関せぬっていう顔だった。
手伝う気なんか微塵も感じられない。
さっきの感動とか返せ。
「私、先に言って歩が遅れるってこと言っておくよ」
「いやだから手伝えって」
「そういうわけで、頑張ってねー」
こちらの言うことは終始スルーし、椎乃はその場から去っていった。
やっぱり、椎乃は椎乃だってことを実感させられた一瞬である。
……しかし。
――さっきから、気のせいか?
何だか、周囲からの視線を凄い感じるのだが。
いや通路一杯にプリントぶちまけてれば誰だって注目するだろうけどこの視線って何処かで覚えがあるのだが。
「げ、元気な子ですね」
「あいつにそんな感想を抱きますか……」
何気に天然なんじゃないだろうかとふと思って、歩は相手の顔をちらりと見た。
もちろんさっき手を取った時に見なかったわけではないのだが、そんなまじまじと見るわけにも行かなかったのだ。
そして相手の顔を確認すると同時に、歩は自分に向けられていた視線の意味を知った。
そうだこの視線は、羨望に満ちた視線。
「とりあえず、これで全部だと思いますよ。雲野先輩」
拾い集めたプリントを纏めて渡すと、彼女はそれを笑顔で受け取った後に『ふぇ?』と首を傾げた。
「私、名乗りました?」
「名乗られてませんね」
「……ふぇ?」
再度首を傾げる彼女。
やばいぐらいにその仕草が可愛くて、さすが学校内でも有名な人だと再認識した。
「
品行方正成績優秀、さらに美人。
加えてちょっとした家柄のお嬢様とか。
その全ての要素が彼女を際立たせるために組み立てられているとしか思えなくて、故にそれ程の存在であれば当然有名にもなる。
だから先から向けられていた視線は、そんな存在と真正面から衝突して、その手さえ握ってしまった歩への羨望の念の表れだったのだろう。
「私、そんなに有名なんですか?」
「俺が聞いた限りはそうみたいですね。っていうか、先輩自身気付いて――」
「ふぇ……全然気付きませんでした」
あぁそうか。
この人、意外にっていうか、もう絶滅危惧種並に珍しい天然らしい。
あれだけ好機の視線を浴びていながらもそれに全く気付いていなかったとは驚きに値する。
……でも、この学校に来て三年。
どうして気付かなかったのかが非常に不思議だった。
やっぱり天然であることが影響してるのだろうか。
「あーっ!」
不意に上がった彼女の叫びで、歩は思考を中断させた。
え、何? と訊く間もなく、彼女はプリントを抱えたまま器用に腕時計を確認する。
そして、口癖なのかまたも「ふぇ……」と小さく呟いた。
「す、すいません……。それじゃあ私はこれでまた……っ!」
「えっと……前に気をつけてくださいね」
慌てて駆けていく紫穂。
おそらく、教師にプリントを持ってくる時間の指定でもされていたのだろう。
で、こんな事態になったせいでそれに遅れそうになっている、とそんな感じか。
ぱたぱたと可愛らしく駆けていく紫穂の背中を見送りながら、
――また転びそうだなぁ……。
なんて思いながら、当初の目的であったグラウンドへと歩は足を向けたのだった。
あとがき
どうも、昴 遼です。
いやー……幾つも連載、やるものじゃないですね。
話の流れが分からない分からない。
一応簡単なプロットとかはあるんですが、読み直してみると「はて?」となる所が何点も……。
やっぱり、定期的に見直して書いた方がいいようです。
まぁそれはさて置き、とりあえずヒロインはこれで出揃いました。
ここから各キャラの分岐と話を作って……うわーたーいーへーんーだー。
でも、頑張ります。
どうか応援をお願いしますー。