入学式の翌々日。

 新入生にとっては新しい生活が始まったばかりであるその日。

 

 彼等は、復習テストと言う壁に差し掛かっていた。

 

「新学期早々テストがあるのってさ、やっぱりおかしいと思わない?」

「春休み中、サボってなかったかどうかの確認だろ? 課題ちゃんとやってれば問題なんか無いじゃないか」

「私は仕事で忙しかったんだーっ! 課題なんか答え写しただけなんだよっ! だから誰か教えてーッ!!」

 

 真面目にやれ。

 

「すずちゃん、よく進級できたよね。午前で早退とかいっつもだったのに」

「そりゃすずだからな。きっと家での努力を欠かさなかったんだろ」

「え? い、いやぁ分かる? あははー」

「つーわけで、大丈夫だな」

「し、しまったぁ!?」

 

 アホな子である。

 こんな誘導尋問、引っかかるのは今時何人もいるかどうかであろうに。

 

「別にいいだろ? まさか全部赤点レベルってわけじゃないのに」

「ある程度取らないとお母さんにシメられるーっ!」

「んな大袈裟な」

「隼人君知ってるよね!? 私のお母さんが怒ると怖いの知ってるよねッ!?」

「さぁ……」

 

 隼人とすずは、これでも物心ついた頃からずっと一緒に過ごしてきた、いわゆる幼馴染だ。

 それ故のすずの咆哮なのだろうが、

 

「お前が怒られてるところを見ると、何だか楽しいのは知ってる」

「幼馴染としておかしい返答だよねッ!?」

 

 不幸にも、隼人には届かなかったようである。

 というかすずの自業自得なわけだし、当たり前か。

 

 助ける必要無し、という感じの皆の視線が、何だか哀愁を誘っていた。

 

 

 

 MEMORY4 商店街での一騒動

 

 

 

「で、結局テストはどうだったの? すずっち?」

 

 にこにこと笑顔で、椎乃はかなり酷な唐突に質問を切り出した。

 あの笑顔は、そう。確信犯の笑顔。

 こういう感じになるのは何も今だけではなく、定期考査の度になっているわけなので今回もそうなったと踏んだのだろう。

 

 で。無論、その予想が外れるはずも無く、

 

「テスト? 何それおいしーの?」

「うっわ古典的」

 

 遠い目で乾いた笑みを浮かべながら、すずは棒読みのその台詞を放つ。

 その様子が語る答えは一つだけ。

 即ち、見事なまでの玉砕と。

 

「すずちゃんってさ、要領悪いよね」

「だよなぁ。聞く限り勉強に全く時間割いてないし」

「あ、あのねぇ! アイドルってぶっちゃけかなり忙しいよ!? 誰かやってみる!?」

 

 アイドルって代用が利く仕事だったのだろうか。

 むしろそれ以前に、他のアイドルはしっかりと仕事と勉強を両立させていのではないだろうか。

 

「というかすずちゃんさ、答え写す時間あったなら一つでも覚えた方が利口だったんじゃない?」

 

 笑って言う百合菜。

 体育系少女のくせして彼女のテストの出来は毎回いい。

 

「百合菜に賛成。つか、答えを写したとしても少しは覚える努力をした方がいいだろ、お前の場合」

 

 呆れて言う翔。

 実は美術関連の特待生だったりするのだが、こちらも何故か成績は上位。

 

「私の仲間はいないのかーっ!」

 

 そんな二人に言われ、吼えるすず。

 だが叫んだ所で仲間がいるわけ無かろうに。

 だって自業自得だから。

 

 まぁ、それはさて置き。

 こんなことを言い合っていたところで、話は進まない。

 済んだことは済んだことだと割り切るとしよう。

 

 まぁ、すずの場合は本番は家に帰ってからなのかもしれないけれど。

 

「よぅし、とりあえずは喫茶店辺りでぱーっと行こうか」

「そうだな。すずの送別式も兼ねるか?」

「私死亡フラグ!?」

 

 そこまで飛躍はしていない。

 まぁ、分かりやすく言えばしばしの別れを惜しむ会、だろうか?

 

「どの道ただじゃ済まないよっ!?」

「あぁもううるさいなぁ、すずっちはー。自業自得なんだから諦めなさーい」

「話の切り出しは誰だーっ!!」

 

 叫びながら椎乃に取って掛かるが、ひらりと見事に避けられる。

 そのまますずの体は勢いを消しきれず、

 

「あぅっ!」

 

 ゴンッ、と鈍い音と共に壁に激突。

 アイドルとしての評価が著しく下がりそうな光景が展開していた。

 

 というか、周りで結構見てる人もいるし、下がるか?

 

「……うん……もういいよ……おやすみなさい」

 

 がくりとすずがその場に沈んだところで、閑話休題。

 

 

 

「よぅし、食べるよ!」

 

 フォークを掲げ、叫ぶすずの前には色とりどりに並ぶスイーツの数々。

 今日一日、テストで溜まった憂さを晴らすため、というのがすずの言い分ではあったが……

 

「ぶっちゃけお前、自棄食いだからな?」

 

 半眼で突っ込む翔の腹に、笑顔のすずの拳が叩き込まれた。

 フォークを持っている手……ではなかったのだが、次撃のためにそちらの手もしっかりと構えられている。

 

 次言ったら、死ぬよ?

 

 笑顔のまま目がそう語っていた。

 

「でも、自棄だよね。それ」

 

 笑顔を浮かべあっさりと言い放った椎乃にも、同様にすずの拳が襲い掛かる。

 が、あっさりとそれを椎乃は半身を捻るだけで避ける。

 

「甘いよすずっちー? そんな華奢な腕で私を仕留められると思ったら大間違い」

「う……うぅっ! そうだよ……! 自棄だよ! 悪い!? 悪いかッ!」

「あー、キレたな」

「いいよいいよ、放っとこうよ。ボク達まで巻き込まれちゃうよ?」

 

 隣で攻防を繰り広げるすずと椎乃を横目に、百合菜は紅茶を口に運ぶ。

 こういう騒ぎは椎乃の次に好きなはずの百合菜も、自分から厄介事に巻き込まれるのはご免被るらしい。

 

「まぁ正論だな。歩、二人のテーブルだけ少し離しとけ。こっちまで揺れる」

「あぁ。言われなくてもそうするつもり」

 

 言われ、二人に一番近かった歩は二人の机だけを隔離した。

 もう、こんな事態に誰も突っ込まないのはお約束なのである。

 

「自棄になるぐらいなら、始めっから勉強すればいいのにぃ」

「うぅぅっ! 出来ないからこうなってるんでしょうがーッ!!」

「うわぁー、流石にそのキレ方は理不尽な気がするよー」

「椎乃ちゃんなんか嫌いだーッ!」

「私はすずっち好きー」

「うわぁーんッ!」

 

 あ、泣いた。

 

 というか、そろそろアイドルとして見られない姿になってきているのだけど、どう収拾をつけるつもりなのだろうか。

 あぁほら、周りで珍しすぎるその姿に携帯のカメラのシャッター音がちらほらと。

 明日辺りにはインターネットとかで広まりそうだ。

 

「肖像権無視するなコラーッ!」

 

 かと思いきや、いきなりすずが客達へキレた。

 

「うわぁ、無差別だよすずちゃん……」

「椎乃に言っても受け流されるだけだからなぁ。怒りの行き場変えたんだろ?」

 

 まぁ、それでキレられた客達はたまったものじゃないだろうけれど。

 

「うがーッ!」

 

 賑やかな昼は、ゆっくりと通り過ぎていった。

 

 

 

 皆がやっとケーキを食べ終えてすぐ。

 店長に半ば追い出されるように喫茶店を出た一向は、商店街をぶらついていた。

 まぁ所謂暇の持て余し。

 今日まで何の予定すら立っていなかったのだから、今から何処かへ行こう、という考えも浮かばなかったのだ。

 

「で? 追い出されたわけだけど今だ何も案は浮かばないのか? この元凶共が」

「私、悪くないよー。原因はすずっちー」

「やかましい、お前が煽ったのも事実だろ」

「高校生だよ? あんな挑発に引っかかる方がおかしいんだよー」

「本人を前にして言うなーっ!」

「あー、はいはい。お前も落ち着け」

 

 再度食って掛かろうとするすずの首根っこを、むんずと隼人が掴む。

 

「お前もな。引っかかると分かっての挑発はやめろ」

「えー。楽しいのに?」

 

 ……何でこんな性格で友達できるんだろう。

 いや、自分達はそれどころか親友なのだけど。

 

 だが自分達を置いても、この少女は基本的に人気が高い。

 別に女子としてではなく、椎乃個人としてのだ。

 だから彼女の周りには何かと友人が多く、それがやっぱり、この性格を間近で見ていると不思議だった。

 

「人徳?」

「それだけは絶対に無い」

 

 この万年迷惑娘にそんなもの、あってたまるか。

 

「どごろで隼人君。いい加減に首がじまっでぎだなーっでぇぇ……じ、死ぬーッ!」

「あぁ、忘れてた」

 

 段々と顔が蒼白になっていくすずを見て、隼人は手を離す。

 軽く踵は浮き上がってたし、結構苦しかったのは本当だろう。

 

 というか今まで持ったことが凄い。

 

「は、隼人君……最近私の扱いが酷くない?」

「気のせいだろ?」

「あっさりと言い放つね……。だったらさっきの行動の説明してよ……」

「そりゃあ、幼馴染同士のスキンシップ」

「あ、あんな一方的なスキンシップはいらないよっ! というか幼馴染同士って私限定ですか!?」

「何を今更……」

「ひ、酷いッ!」

 

 悪びれる様子も無く告げる隼人に、すずは涙した。

 何だか、幼馴染関係の中に上下関係を垣間見た瞬間だった。

 

「二人とも、よそ見しながら歩くと危ないよ?」

 

 でまぁ、そんな光景に横に一メートルぐらいずれた注意をする梓。

 そもそも止めようという気は無いらしい。

 

 が、しかし。

 そんなずれた、しかし的を射ていた注意も遅く、

 

「きゃぅっ!」

 

 奇声とともに、すずが背中から通行人にぶつかっていた。

 その反動にすずは尻餅をついて、さらに通行人の持っていた買い物袋の中身が派手に散乱してしまう。

 

「うぁ! す、すいませんっ」

 

 尻餅をついたままの体勢で、すずは謝るべく後ろを振り返る。

 しかしそこには、すず達と同じ制服を着た少女が同じように尻餅をついていた。

 

 校章の色から見るに、梓達と同じ学年のようなのだが……。

 

「あ……えっと、こちらこそごめんなさい……。ボーっとしてて……」

 

 どうやら怪我は無いようで、申し訳無さそうな表情を浮かべながらもぺこりと頭を下げてきた。

 

「いや、完全にこいつの不注意だから気にするな……っと。荷物はこれで全部か?」

 

 そう言う歩の手には、いつの間に集めたのか先程散乱した、買い物袋の中身があった。

 多分、すずが少女にぶつかってすぐ集め始めたのだろう。

 

「あ、ありがとうございます――あ……」

 

 それを見た少女は礼と共に歩の顔を見――そして、固まった。

 

 驚いたような、嬉しいような、悲しいような。

 

 何故だか分からないけれど、少女は歩を見てそんな表情をしていた。

 

「……どうかしたのか?」

 

 しかし、歩はその少女のことは見覚えは無い。

 だからどうしてそんな反応をされるのか、まったく分からなかった。

 

「……っ。い、いえ……すいません、何でもないです……」

 

 だが瞬間、少女はふるふると首を振って、すぐに苦笑を浮かべる。

 

 釈然としない態度。

 けれど、その少女に見覚えが無い以上それを問い詰めるわけにもいかず、

 

「……とりあえず、立てるか?」

 

 この場の対応として、手を差し伸べた。

 

「あ……ありがとうございます」

 

 その手に少女の手が重なり、歩は少女を引き起こした。

 そしてその手に、中身が入れ直された買い物袋を手渡す。

 

「うわー、歩、紳士だねぇ」

「やかましい。っつーか何故傍観」

「や、私無関係」

「思いっきり関係者だろうが」

 

 素知らぬ顔で笑う椎乃に突っ込みを入れる。

 こういう話の展開になったのは一体誰のせいなのか。

 

「それで、大丈夫?」

 

 無関係と言いながらも、不意に椎乃の視線が少女へ向けられる。

 この切り替えの速さは一体何なのだろうか。

 

佐倉唯(さくらゆい)ちゃん、でしょ? 同じクラスの」

「……え?」

 

 その言葉に、少女が椎乃を見る。

 そう言えば、同じ学年なのだからそういうこともありえるのか。

 

「私、神奈椎乃だよ。君の名前は自己紹介の時に覚えたんだ」

 

 記憶力がいい椎乃のことだ。

 多分、その自己紹介で大半のクラスメートの名前を覚えてしまったのかもしれない。

 

「えっと……ごめんなさい……。私、まだ皆さんの名前を覚えてなくて……」

「気にしないでいいと思うよ? しいちゃん、記憶力は昔から凄くいいから」

 

 そこでフォローに入ったのが、椎乃の隣にいた梓だった。

 せめてぶつかった時にフォローをしてほしかったものだが、まぁ今更言ったって仕方が無い。

 

「あ……えと、佐倉唯、です」

 

 名乗られた手前、自分も自己紹介をすべきだと思ったのだろう。

 買い物袋を提げたまま、唯と呼ばれた少女は頭を下げた。

 

「ほらほら、歩達も自己紹介しないとー。唯っちが困るでしょ?」

「ゆ……唯っち……?」

「あぁ、それ。椎乃が女子の名前呼ぶときの癖だから気にするな。で、俺は柊歩。よろしく」

 

 そう自己紹介をした――つもりだったのだが、どうしてだろう。

 先ほどのように、また唯がぴくりとその言葉に反応を見せた。

 

 だが、それも一瞬。

 すぐに小さく笑みを浮かべ、よろしくお願いしますと頭を下げていた。

 

 ……気のせい、だったのだろうか。

 

 唯を見てみるが、もう何処にもそんな様子は無い。

 皆が自己紹介をしている間も、やはり小さく笑みを浮かべながら会釈を返すだけだった。

 

 

 

「悪いな。怪我とか、してないか?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 結構人見知りをする性格だったのだろう。

 自己紹介をして、少しでも話しても、唯からはどこか余所余所しさが抜けていなかった。

 

「そういえば、梓さん達はどうして商店街に?」

 

 だがそれとは別にもう一つ。

 人見知りだとしても別に引っ込み思案な性格と言うわけでもないらしく、先ほどから幾度か話を振ってきていた。

 唯は唯で、何とかこちらに自分を馴染ませようとしているのだろう。

 

「どっちかって言うと、テストで溜まった鬱憤を晴らしに来たって方が大きいかな」

「そうそう。特にすずっちは大きいねー」

「う、うるさいよ! もうぶり返さないのっ!!」

「えー、だってこんないいネタ……」

「ネタ!? 私の不幸がそんなに楽しいのっ!?」

「あ、分かる?」

「分からいでかーっ!!」

「あ、あはは……」

 

 もっとも、この面子に馴染んだ、というわけでもなさそうだが。

 初対面から彼等に馴染むことができる者がいるとすれば、それこそ椎乃みたいな性格じゃないと無理だ。

 もちろん唯がそんな性格の持ち主であるとは思えない。

 

「佐倉は、買出しか何かだったのか?」

 

 まぁ、とりあえずすず達は置いておいて、不意に歩がそう唯へ問い掛けた。

 買い物袋を持っているのでそれは明らかだが、所謂会話作りというもののつもりだった。

 

「あ、はい。ご飯の材料とか、色々と。

 ……それと、できれば唯って呼んでください。苗字で呼ばれるの、あんまり慣れてないんです」

「あぁ、そっか。分かった」

 

 今時それも珍しいと思ったが、本人がそう言っているのだからいいのだろう。

 もっとも、友人の名前は例外無く下の名前で呼ぶ歩としても、そっちの方が親しみやすくてよかった。

 

「……あ、そろそろ時間なので、私はこれで失礼しますね」

「あぁ、引き止めて悪かったな」

「気にしないでください。それに……えと、皆さんと話せましたから」

 

 そう屈託の無い笑みを浮かべて、最後に一礼をしてから唯は歩いていった。

 

「礼儀正しい子だったね」

 

 唯の姿が見えなくなってから、百合菜がそんなことを呟く。

 

「粗雑なお前に比べたらよっぽどな……」

「うん? よく聞こえなかったなぁ。もう一回言ってくれる? 翔君?」

「……その割に、拳を構えて近寄ってくるのはやめないか?」

「あはは、何のことかな。ボクは自然体だよー?」

 

 そう言いながら、翔を追い詰めるその目はマジだった。

 自信で墓穴を掘ったとはいえ、とりあえず翔には合唱。

 

「あー……百合菜様」

「なぁに?」

「どうか、お慈悲を」

「あはは、何のことかな?」

 

 情け容赦の無い言葉のもと、拳が振り下ろされた。

 

 響き渡った断末魔は、周囲にいた全ての人の視線を集める結果となったとか何とか。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 TIMEも超がつく程に久々の更新になりますね。

 とりあえず、これで残すところヒロインはあと一人です。

 

 やー……しばらく更新しなかった上に原作の設定とか結構忘れてるので、どうなることやらw

 唯に関しても若干どころかかなり性格が違うと思いますが、気にしないでくださいw

 

 まぁ、そんな感じに適当ですが、次回もお楽しみにw




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