朝である。

 清々しいぐらいに晴れ渡った朝だった。

 故に、目を覚ました時に飛び込んで来るのは、本来眩しいほどの朝日のはずなのに――

 

 まず目に飛び込んだのは、清々しいぐらいの笑みを浮かべた、何か絶対企んでる顔をした椎乃だった。

 

 

 

 MEMORY3 新しき日常の始まり

 

 

 

 それだけで体が警笛を鳴らし、寝ぼける暇も無く意識は一気に覚醒する。

 

 椎乃という少女に、有利な状況を作らせては負け。

 

 それは長年培ってきた椎乃に対する知識の一つである。

 この少女に有利な状況を作らせ、さらにはそれを利用された時にはもう既に遅し。

 それを挽回することは限り無く不可能になるのである。

 

 故に歩は――抵抗する。

 

「退きやがれこのトラブルメーカーがぁっ!」

 布団から出した片手で椎乃の肩をガシッと掴み、その手を力いっぱい横へ薙ぎ払う。

 もちろん、男として歩の出せる全力の力を用いて、である。

 だが、歩を非難すること無かれ。

 これぐらいしなければ椎乃は絶対に離れないのである。

「ひゃわっ」

 などと奇声を放ち、椎乃の体は見事に床へと転がる。

 ……だが、全力の力で払ったというのに、その体はベッドから僅か半歩程の距離に転がっただけ。

 一体、あの一瞬でどういう抵抗方法を見せたらこんな結果が出せるのだろうか。

 多分、武道家の隼人もびっくりである。

 ――今度隼人にやらせてみよう

 だからそんなどうでもいい決意を胸に抱きつつ、更なるのしかかりを防ぐために歩は布団から出た。

「酷い酷いっ! 折角歩を起こしてあげようとしたのにその反応っ! 余は不満足じゃっ!」

「うるせぇ間違い無く最悪の目覚めを運んできてくれやがるお前になんか起こされたくないっ! つかいつの時代の人だお前は!」

 涙目になって語る椎乃を一蹴。

 というかそんなことが出来るならこいつは演劇部に入るべきだと思うのは歩だけか。

「最悪の目覚めって失礼な! というか起こす気無かったし!」

「それ矛盾してるだろってお前まさか梓が来るまで待って無駄な誤解でも招く気だったのか!?」

「当然ッ!」

「何故逆ギレ!?」

 もうわけのわからない朝である。

 というか……本当に目が覚めてよかった。

 椎乃が重くて気付けたのが良か――

 

「重くないわぁっ!」

「地の分読むなよ!?」

 

 本当、朝から賑やかである。

 

 

 

「ふぁ……歩ちゃんにしいちゃん、おはよぅ」

 午前七時。

 そろそろそろそろ起きないとゆっくり学校にも行けないぞ、という感じの時間帯に、梓はすっかり寝ぼけた状態で降りてきた。

「おはよう、寝ぼすけ娘。とりあえず顔洗って来い」

「おっはよー梓っちー。ご飯おいしいよー」

「うん……後で食べるー。というか歩ちゃん……私寝ぼけてないよ……?」

 説得力皆無である台詞を吐きながら、梓は洗面所へ。

 というか返答を待たない時点で寝ぼけていることはほぼ確定である。

 

 そして、水を流す音が聞こえ二十秒。

「何でしいちゃんいるのっ!?」

 やっと気付いたか、と言いたげな二人の視線をさて置き、梓が二人の元へと飛び込んできた。

 顔は拭くのも忘れてしまったのか、びしょ濡れだ。

「だから気付くの遅いって」

「完全に寝ぼけてたよね」

 次には呆れ顔となった二人の視線を受け、梓はうぅ……と唸る。

 どうやら、完全に寝ぼけていたのを自覚したようだった。

「まぁとりあえずは座れ。飯出来てるから」

「うん……そうするよ」

 哀しげな表情のまま梓が頷き、とりあえずは食卓にその場にいる全員の食事がやっと並ぶ結果となった。

 ……その前に、顔をしっかりと拭いて、

 

「……って、え? おじさんは?」

 

 その状況でやっと梓がこの家のもう一人の住民――すなわち歩の父親の存在が無いことに気がついた。

 だから遅いって、という感じの苦笑を浮かべる歩。

「例によって早朝出勤。んでついでに言えば深夜帰宅だと」

「うわ……またかぁ」

「そういえば、最近歩のお父さんに会わないなぁ……」

「やめてくれ。お前と父さんが会うとろくなことが無い……」

 ちなみに、歩に対して、だ。

 あの二人が会うと、何故か息が合う上に、その性格が故鬱陶しさが二割増。

 本当に実の父親だろうが幼馴染の親友であろうが、とりあえず問答無用に殴りたくなるぐらいに。

「そうかな? 私は楽しいけど」

「……そりゃぁ、基本的に巻き込まれるのは俺一人だけだしな? 傍観気味のお前は平和だろうに」

「う……そんないい方しなくてもいいじゃん。というか、一応庇ってるし」

「……裁判官。被告が罪を逃れようとしていますが」

「有罪。私もしっかり確認済みなんだよー」

 にへらー、と。椎乃が嫌らしい笑みを浮かべ、梓を見る。

 そして親友に見事に裏切られた梓は、ひぅっ、と小さく唸り、

「し……しいちゃぁん? な、何で手がわきわき動いてるのかな……?」

 その椎乃の、不思議なまでの手の動きに気がついた。

「え? ……そりゃぁ、ねぇ?」

 と言い、見るのは歩の顔。

 そして歩はうん、と頷き、

「懲罰許可」

「そんなぁっ!?」

 

 朝の柊家に、もはや御馴染みとなりそうな叫び声が響くのだった。

 合掌。

 

「合掌じゃないよぉぉぉぉっ!」

 

 ……合掌。

 

 

 

 さて。今朝にあんな騒ぎがあったせいで忘れそうになっていたのだが、今日は入学式である。

 つまりは、いつもならば一人で登校の歩の隣では、梓や唯といった入学生の二人が一緒に走って(、、、)いるわけで……。

「何で走ってるんだろうな……俺達」

 と、息一つ乱さず呆れた口調で言い放つのは当然歩。

「にゃはは、何でだろうねぇ?」

 そしてこちらは悪気など微塵も感じられない笑顔で、椎乃。

「絶対、二人の、せいっ! っていうか、なんでっ、二人とも息続くのっ!?」

 呼吸が途切れ、今にも倒れるんではないかという表情で梓。

 だがその言葉に二人は表情を変えること無く、なぁ? と顔を見合わせる始末。

「だって現陸上部」

 と歩。

「だって元陸上部、で今年も陸上部予定」

 と椎乃。

 互いに、大会等で記録を出している立派な部のエースだった。

「納得いかなーいっ!」

 咆える文芸部希望の少女。

 哀れである。

 というか日頃の運動不足が祟っているだけなのだが。

 

 なぜならば。

 

 走り始めて、現在三分。

「「体力無さすぎ」」

「ふぇぇーんっ!」

 

 そんな会話を繰り広げつつ、三人は遅刻寸前で通学路を駆け抜けていく。

 

 

 

 どうやら予鈴には間に合ったらしい。

 校門に辿り着いた頃には、周辺に別の生徒達の姿も少しだが伺えた。

 で、こっちはその範囲外だが、一年生の昇降口がある方面には新入生が溢れている。

 クラス分けの確認――つまり、昨日の歩達と同じ状況ということだろう。

 そして待っていてくれたのだろうか、校門のすぐ隣には見慣れた面々。

 言うまでもない。騒ぐのが大好きな彼等である。

 

「おっはよー。梓ー」

 そしてその中で真っ先にこっちに気付き、同時に駆け寄ってきたのは百合菜。

 

 他の皆には必ず『ちゃん』とか『君』とか付ける百合菜なのだが、どういうわけか梓だけは例外らしい。

 何でも、『妹みたいな感じなんだよ』というらしい。

 

 そして対する梓もまた、先輩だと言うのに、

「おはよー、百合菜ー」

 と、完全に呼び捨て。

 こちらもまた、『お姉ちゃんみたいなんだよね』とのこと。

 

 まぁつまりは、姉妹のように息が合うのだ。彼女等は。

 

「いや待っててくれたのはいいんだけどさ、挨拶してる時間は無いだろ?」

 梓と百合菜、二人のやり取りを見つつ告げたのは歩。

 そしてその言葉を肯定するかのごとく、予鈴が鳴り響いた。

「うわ、マジかよ。んじゃぁ梓ちゃんに椎乃ちゃん、また後でな!」

 と、その予鈴に真っ先に駆け出したのは翔。

「放課後になったら、一年の昇降口に集合ねー」

 続いて駆け出すのはすず。

 そして、やっと一年生二人を残した皆がそれに続いた。

 

 

 

 さて、その入学式は、僅か三十分足らずで何も起こらずに済んだ。

 まぁ当たり前といえば当たり前なのだが、それでも自分達の時は黒くて油っこいアレが侵入してきて騒がしくなったものだ。

 

 まぁそれはさて置き。

「おっそいなぁ」

 首を傾げつつ、百合菜は呟いた。

 既に放課後となって三十分。

 ここ――一年生の昇降口では十分ほど待っているわけなのだが、どういうわけか、本日のメインの二人が出てこない。

「新しいクラスで友達作りに励んでるんだろ。少しぐらい待てって」

 で、それを宥めるのはそういったことに関しては大人な隼人。

「むー……。こうなったら直接踏み込もうか」

 などと非常識な言葉を発する百合菜。

 本来ならば、新入生のクラスへ突入するなどありえないし思いつきもしない。

 が……それを思いついてしまうのだ。彼女は。

 

 だがしかし、決してそしてそれだけではない。

 

「あぁ、いいな。それ」

「皆で行くか」

「あ、賛成ー」

「まぁそれならいいか」

 

 それに了承してしまうのもまた、彼等だった。

 

 

 

「やっほー、来たよー」

 と、言うわけで。

 彼等は今、梓と椎乃――同じクラスになっているらしい――の教室へと踏み込んでいた。

 そこで思い思いに会話や友達作りをしていた新入生達が、そのいきなりの介入に驚愕。

 まぁ無理も無いだろうが、まぁとりあえず今は気にしない。

 その中で目的の人物を見つけると、まずはやはり百合菜が真っ先に手を振った。

「梓ー、椎乃ちゃーん。やっほー!」

「ゆ、百合菜!?」

「うっわぁ……予想してたけど本当に来たよ……」

 周りの皆と同じように驚愕を隠せない梓に、呆れたようにため息を吐く椎乃。

 しかしそんな反応が、周りの視線を集める結果となる。

 

「二人とも、先輩達と知り合いなの?」

「っていうかあの人って月見すずさんだよね!?」

「うっわ、俺ファンなんだよ! サインもらえねぇかな!?」

「ばっかお前、基本的にそういうことはできないだろ?」

 そりゃ巻き起こるだろう大騒動。

 いや基本的にその内容の中心は、歩達と共にいる国民的アイドル、月見すずなのだが。

「……ありゃ? 私外で待機してた方がよかった?」

「いや、問題無いだろ。つか、ぶっちゃけすずがいなくても隼人一人で充分話題にはなる」

「待て。何で俺――」

 何故か名を挙げられた隼人が呆れて口を開いた、その時。

「ところで椎乃ちゃん、あのすずさんの隣にいる先輩誰?」

「うんうん、凄いカッコイイよね。お近づきになりたいかも……」

「あたしもう、この学校入ってよかったよ……」

 と、今度はすず旋風ならぬ隼人旋風が巻き起こる。

 ちなみにもちろん、すずの隣にいるのは隼人以外他にいないからだ。

 で、その光景に唖然とする隼人。

 本当、自覚の無い美少年は羨ましいこと。

 これでもこの少年は、クラスを超えて学校内でもかなり人気が高いのだ。

 もし自覚があればこうなることもある程度予想できただろうに。

 

「……え、何。これ」

「いやその隼人君の反応も凄いよってかどんだけ自覚無いの君。ボクはびっくりだよ」

 

「いーからとりあえず私達を助けんかーいっ!」

 そんなほのぼの空気を作り上げる彼等なのだが、反対にクラスメートに揉みくちゃにされる哀れな生徒二人。

「う、うひゃぁっ!? 今誰か私のお尻とか胸触ったよ!?」

 さらにはクラス内にて痴漢に遭う梓。

 

 その刹那。

 

 うーらー、と歩が教室内へ突入した。

 過保護な幼馴染なのである。

 

 

 

「隼人せんぱーい、彼女っているんですかー?」

「つかむしろ私と付き合ってくださいー」

「罵ってくださいー」

 

「……あー、うん。危険な言葉はスルーするとして、そんな気は無いから」

 教室の椅子に腰掛け、とりあえず女子に囲まれている隼人。

 素晴らしき逆ハーレム状態。

 

 でまぁ、こちらは言わずもがななのだが――

「すずせんぱーい、サインくださーい」

「握手してくださいー」

「罵ってくださいー」

 

「サインも握手もいいんだけど。

 ねぇこのクラスって危険な質問がはやってるの? すっごい私気になるんだけどさ」

 こちらも結構苦労しているようだった。

 

「ボク達って何なんだろうね」

 で、そんな光景を見やりながらぼやく少女一人。

「いや、ただの先輩だろ。ただあいつらと比べられて影が薄く見えるだけだ」

「翔に同感。すずはともかく、隼人だってスカウトされたことあるんだろ? となれば同等のレベルだろうし」

 実際、すずにはアイドルというステータスがあるだけで、それを取り除けば隼人と同じぐらいの勝負だ。

「……自覚が無い先輩共は羨ましいねぇ」

 そんな風に、一年生に囲まれる二人を評価している歩達を見て椎乃がため息を吐く。

 もちろん、当人達には聞こえないように。

「しいちゃん、どうしたの?」

 しかしどうやら、隣にいた梓には聞こえたようで、首を傾げつつ椎乃へ振り返った。

 椎乃は、んにゃーとかよく分からない返事をしてから、

「あの三人もさ、そりゃまぁすずっち達と比べたら負け劣るかもしれないけど、確実に美が付くと思うのは私だけ?」

「えー、そう? ずっと一緒にいるから分からないよ?」

「ずっと一緒にいるからこそ分かるんだよ」

「むー……」

 もう一度ため息を吐く椎乃に、首をやはり傾げる梓。

 

 だがしかし。

 

 そんな彼女等は、既にこのクラスでは数人の男子に好かれていると言うことを知らない。

 似た物同士なのに気が付いていないのだった

 

 そんな事実を知る由も無く、椎乃はため息。梓は首を傾げたまま、時間は過ぎていく。

 

 

 

「はぁ……やっと解放された」

 と、大きなため息を盛大に吐いてみせるのは、おそらく一番揉みくちゃにされたであろうすずだ。

 何せあの後、騒ぎを聞きつけた別クラスの新入生まで介入してきたのだから。

「右に同感……」

 で、すずには劣るものの隼人もその枠から外れない。

 とりあえず今日一日の体力を使い切ったような表情で、今帰路についていた。

「考え無しに突入してくるからだよ。少し考えればこうなることは分かったと思うけどなぁ」

「椎乃、一つ言おうか。今更俺達にそんな物を求められると思うのか?」

「……いや、言ってみただけだよ。うん」

 どうやら分かってはいるらしい。

 このメンバーに、後先考えて行動する奴はいないことに。

「でも私は楽しかったよ? 歩ちゃんの暴走も中学校の時みたいで」

「……おい、椎乃。こいつは自覚が無いのか?」

「あー、うん。無いんじゃない?」

 梓の言葉に呆れ顔を浮かべ、さらに顔を見合わせる二人。

 当然それを見て梓は首を傾げるのだが――

 

 梓が言う中学校の時と言うのは、先ほども言ったように梓は顔がいい。ついでに性格も。

 だから中学校の時は半ば無理矢理にいいやる奴も結構いて、その度に歩が梓のクラスへ突撃していったものなのだ。

 しかし梓は何故自分が言い寄られているのか、という根本すら理解することが出来ず、それを防ごうとした歩の行動も単なる暴走としか捉えられなかったのである。

 

 ……ちなみに歩の建前のために言っておくが、歩は別にどんな奴も追い返したわけではない。

 ちゃんと本心から梓に好意をもっている者に対しては別に何をしたわけでもない。

 まぁ、今も梓に恋人がいないところを見ると玉砕したと見えるが。

 もしくはまだ告白しきれずに同じ学校にいるかもしれないが、まぁ今はそれは割愛。

 

 そんなわけで過保護な歩には『梓の守護者』などという謎の称号まで中学校時代はついていたりした。

 さらに、椎乃も楽しがってそれに参戦するもので、椎乃にもまた『騒動への参戦者』とか見事に的を射たような称号もついていた。

 が、そんな二人もまた顔がいいので何気に人気が高かったのだが、まぁそれも割愛する。

 

「まぁそれはいいとしてさ、これからどうする? 折角集まったんだし何処か行きたいけど、また歩君の家ってのも少し迷惑だと思うんだけど」

「いや、俺は構わないぞ? どうせ父さんはいないんだしな」

「でもお昼の材料が無いと思うんだけど」

「……あー、そういやぁそんなに買ってない――って待て、椎乃。何でお前が我が家の冷蔵庫事情を知っている」

「え? だって見たし」

「別家庭の生活を覗き込むんじゃないっ」

 いくらなんでもそれは非常識だろう。

 一応冷蔵庫にだってプライバシーはあるのだから。

 それぐらい、椎乃だって知って……いや、確信犯か、この娘。

 以前だって歩の部屋に入ったようなことも言っていたし。

 多分、家中のものに鍵でもつけない限りこの少女の行動は防げないんだろう。

 

「あ、簡単な鍵なら開けれるよ?」

「犯罪だからな? それ」

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 朝から破天荒な歩の日常をお送りしました(違

 先に言っておくと、とりあえず椎乃はあれがデフォですので別に現段階では歩に好意があってやっているわけではありませんので注意。

 というか彼女は、例えば混浴の温泉があったとしても堂々と入っていく子ですので。

 一応は女の子なんだけども思考がどこかずれている、という感じでしょうね。

 ただ天然ではないので残念(ぇ

 

 しかし……もう三話だというのに今だヒロインが二人出ていません。

 多分次回か次々回には二人とも出せるとは思うのですが……どうかなぁ。

 この作品はプロットが曖昧な部分があるので、よく分かりません(ぉ

 まぁ、ちゃんと出ますのでご安心を。

 それと原作では出てこなかった紫穂がどんなキャラなのかも請うご期待。

 

 でわ。




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