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「お兄ちゃん、家出して来たからしばらくの間泊めてくれない?」

 

 無言で扉を閉めた。

 ついでに鍵を閉めた。

 

『何も言わずに施錠!? 兄としてその反応おかしいと思うよ!?』

「……新聞は間に合ってるので、どうぞお引取りを」

『妹名乗る新聞の押し売りはいないと思う!!』

「……俺に、妹は、いません」

『私の存在、根本から否定された!?』

「っていうか近所迷惑な、お前」

『チクショー!! 私が何をしたんだよーっ!!』

 

 理不尽な世の中に、とりあえず我が妹は涙した。

 

 

 

  Lie of family.

 

 

 

「で、いつ帰るんだ?」

「お兄ちゃん、本当は私のこと嫌いでしょ……」

 

 初っ端の説明が説明だったので、本気であのまま外に放置しようかと思ったのだけど、ふと見た外気温が氷点下を越えていたので、仕方なく俺は妹を部屋へと招き入れた。

 が、別に家出してここに留まることを認めたわけではないので、できることならば早いことお帰り願いたいところだ。

 

「いやいや、俺ほどに妹への愛情に溢れた兄もいないぞ?」

「嘘だ!! 世間なんて知らないけど、でもそれ多分嘘だ!!」

「失礼な奴……」

 

 まだ俺が実家に暮らしてる頃は、あんなに可愛がってやったというのに。

 それに、毎日のように妹の携帯をチェックして、怪しい奴からのメールとかが無いかも確認してやっていたのに。

 

「何その衝撃の新事実!? 何か時々履歴とかが消えてると思ったら、お兄ちゃんの仕業か!!」

「これぞ兄妹愛!」

「何その自身に満ちた顔!? それ、全っ然いい話違うよ!? っていうか玄関でお兄ちゃん、私の存在すら消したり私を追い返そうとしたりしたよねぇ!!」

「ほら、よくあるだろ? 男の子は、好きな女の子を苛めたくなるんだ」

「小学生レベル!?」

「む、失礼な」

 

 既に妹を愛するレベルは、熟成した大人を遥か凌駕している。

 

「それは知りたくなかった!!」

「それと、安心しろ。お前の身の回りは、いい奴ばっかりだったぞ」

「電話したでしょ!! 絶対一人一人に電話して確認したでしょ!! 何か時々、友達から生暖かい視線向けられたもん!!」

 

 そう喚く我が妹。

 だが、残念だが違う。

 

「そんな面倒な真似をするわけがないだろ?」

「……そ、そうだよね……。さすがのお兄ちゃんでも、そこまではしな――」

 

 

 

「直接、調べて会いに行った」

 

 

 

「歪んでるよぉぉぉぉぉっ!! お兄ちゃん、確実に歪んでるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 うわぁぁぁんっ! と叫んで俺のベッドに顔を埋める我が妹。

 予想通りの反応、グッジョブだ。

 

「これが愛の成せる技」

「もうお兄ちゃんのことが信じられないよぉっ!」

 

 顔を埋めたまま、とうとう妹はおいおいと泣き始めてしまった。

 しまった、苛めすぎたか、と俺。

 

 でも今後も改める気は無いけど。

 我が妹に手を出す愚弄など、一歩たりとも近づかせはしない所存である。

 

 が、だからといって我が愛すべき妹にこのまま泣き続けられるのは、俺としても心が痛む。

 だから俺は、その肩を優しく叩く。

 

「悪かった……さすがにやりすぎたよ、俺も」

「……お兄、ちゃん……うぅ……っ」

 

 顔を上げた妹が、潤んだ目で俺を見る。

 そんな妹に、これ以上とない微笑みを浮かべ――俺は告げた。

 

「やっぱりまずは、電話からだよなっ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああんっ!!!!」

 

 妹は、世の中の理不尽さに再度涙――いや、号泣する。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうして急に家出なんかしたんだよ、沙良」

「うぅ……まさか本題に入るまでにこんなに時間が掛かるなんて思わなかったよ……」

「ん? 何だ、まだ語り足りない――」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「はい」

 

 その気迫に押され、俺は口を閉ざす。

 怒った妹――もとい沙良は何気に怖いのである。

 まぁ、それもまたいいんだけど。

 

 すぅはぁ、と呼吸を整えるように、沙良は深呼吸を数秒。

 

 そしてその後、こちらをしっかりと見据えて、言った。

 

 

 

「……お兄ちゃんが、養子だって本当?」

 

 

 

 真っ直ぐに、こちらを見つめてくる。

 次に俺が放つ言葉。

 それの真偽を見極めるために。

 

 だけど同時にその瞳は、微かに揺らいでいた。

 嘘であって欲しい。

 信じたくは無い。

 そう言うように。

 

「お母さんとお父さんが、お兄ちゃんと養子がどうこう……って話をしてたの……聞いたんだ」

「母さん達が、か」

 

 そっか、と俺は返す。

 その呟きに、沙良はぴくりと身体を震わせた。

 俺の言葉の語調に、何らかの意志を感じ取ったのだろう。

 

 だから、

 

 

 

「そんなわけ、ないだろ?」

 

 

 

 次に放たれた俺のその言葉に、沙良はきょとんとした表情になった。

 

「俺が養子って、何だそれ。俺は正真正銘、母さんや父さんと血は繋がってるぞ?」

「……本、当?」

 

 あまりにもあっさりと答えた俺。

 そんな俺に、沙良は真っ直ぐな視線を向ける。

 だが、すぐに沙良には分かったことだろう。

 

 俺の言葉には全く嘘なんてないことぐらい。

 

 だからか、しばらく俺の顔を見つめていた沙良だったが、やがてほっとしたような表情で大きく息を吐いた。

 

「よかったよぅ……」

 

 本当に、本当に嬉しそうに呟く。

 

「何だ、心配してくれたのか?」

「当たり前だよっ。お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだから!」

「沙良……」

 

 その言葉に、思わず涙腺が緩みそうになる。

 だが俺はそれを堪える。

 妹の前で、無くなんて無様な真似は出来ないだろう?

 

 だけど代わりに。

 その言葉に精一杯に応えれるように、俺は口を開いた。

 

 

 

「……もう、妹でいいから抱いていいか?」

「そんなんじゃそのうち私にも愛想つかれるよこの雰囲気ブレイカーぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 そして、沙良は精一杯の愛情――じゃなくて怒りを拳に乗せ、俺の言葉に応えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「――と言うわけなんだけど、……うん……そう。今はお兄ちゃんの所。代わろうか? ……大丈夫だよー。お兄ちゃんもいるし――え、だから心配? ……うんまぁ、私もさっき思い知ったけど。……うんうん、分かってるよ、お母さん。明日には帰るってば。……うん、ごめんね、心配かけて。……はーい。じゃ、切るね」

 

 電話を切って、沙良は俺の方に向き直った。

 結局、沙良が家出をしてきた理由と言うのが、俺にあの事実を確認したかっただけだったらしい。

 

 母さんや父さんには聞くわけにもいかないから、黙って出てきてしまった、ということなのだろう。

 

「というわけでお兄ちゃん。一日だけ泊めてもらっていいかな?」

「それは構わないけど……お前、大丈夫なのか?」

「私は平気だよ。学校も今は休みだし、宿題とかももう終わって――」

「そうじゃなくて……世間体とか」

「何で!? 別に変なこととか、無いよね!?」

 

 全力で俺の意見へとツッコむ沙良。

 だが、甘いぞマイシスター。

 今のご時世、そう簡単には考えられないことだって多いのだよ。

 

「馬鹿お前、狭い部屋に、若い男女が二人っきりだぞ! これを聞いて、世の人々がなんて思うか考えてみろ!」

「『兄妹』って要素入れようよ!! それ入ったら大半の人は普通に捉えてくれるから!!」

「そこに『俺』という要素が入ってみろ! 俺の知り合いは皆納得するから!!」

「自信持って言うこと!? でも何か納得できちゃうから怖いっ!!」

「というわけで、大丈夫か?」

「すっごい帰りたくなったよっ!」

 

 そこまでツッコむと、沙良は机の上に突っ伏してしまった。

 体力の無い沙良としては、あんな連続的なツッコミに身体がついていかなかったらしい。

 

 息荒く突っ伏す沙良……うん、可愛い。

 机の上にばさりと髪が広がったので、ついでにそれをちょっと指先で弄ぶ。

 

「にしても、お前ってホントに髪の毛さらさらだよな」

「うーん……クラスの子にも言われるかなぁ……それ。別にそこまで熱心に手入れとかしてないんだけど……」

「やっぱり、母さんの血かな」

「そうかもー……。お母さんの若さは異常だと思うー……」

 

 本当、四十近いはずなのに、今だ大学生とかに間違われるあの若さにはきっと秘密があると誰もが思っているに違いない。

 もちろん、それが明かされることは一生無いだろうけど。

 

「さてと……。とりあえず晩飯だけど、沙良は何か食いたいものあるか?」

「お兄ちゃんに任せるよ……。有り合わせで私は平気……」

「それが出来ないから訊いてるんだろ? 沙良が来て計二人前。そんな分量の食材は残念ながら買い置きしてないんだ」

「……あ、そっか……。そうだよね、ごめんねお兄ちゃ――」

「まぁなんでもいいって言うなら……そうだな、すっぽんとか精力がつくやつでも――」

「返してー! 私の感傷返してー!!」

「すっぽん、嫌いか?」

「食べたこと無いよ! そして妹にそれを勧める時点で間違ってると思う!!」

「なぁに、ちょっくらムラムラ来るだけで、それ以外には何も起こらないから安心しなっ」

「むしろその後にお兄ちゃんが起こすだろう出来事に全力で不安を抱くよ!!」

 

 そう言って、すっぽんの案を全力で却下する沙良。

 ……美味しいのに、すっぽん。

 

「しょうがない……妥協してフ○ーチェでも作るとするか……」

「晩御飯に!? 食後のデザートとかじゃなくて!?」

「○ルーチェ、嫌いか?」

「好きだけど! フルー○ェは大好きだけど、晩御飯に食べるべきものじゃないと思うんだよ!!」

「むぅ」

 

 フル○チェも駄目とは……我侭な妹だ。

 これでもかというぐらい妥協したというのに。

 

「お兄ちゃんの発想って、両極端……」

「裏表の無い性格と言ってくれ」

「ありまくりだと思うけど……」

 

 沙良がそうため息を吐いたところで、閑話休題。

 

 だけどとりあえず、その日の夕食は結局、無難にカレーに落ち着いたこと。

 そしてフ○ーチェがその食後のデザートとすることになり、すっぽんは当たり前のようにレパートリーから外されたことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

「お腹いっぱいー」

 

 そう満足そうな笑みを浮かべた沙良は、そのままごろんと後ろに倒れ、横になった。

 

「行儀悪いな」

「いいのいいの。お兄ちゃんしか見てないんだから」

「……」

 

 とりあえず、そんな言葉に無言で携帯を構える俺。

 何をしようとしているか? そんなことは言うまでも無い。

 

 パシャリ、と無機質なシャッター音が、携帯から鳴った。

 

「と、撮るなぁぁぁああああああっ!!」

「いやだってさっきの言葉……俺になら見られてもいいってことだろ?」

「曲解だ!! 誰もそんなこと言ってないよっ!!」

 

 全力で口論してくる妹の対応をしながら、俺はその写真を素早く沙良の画像の専用のフォルダへと保存する。

 

「何そのフォルダ!! しかも何か凄い枚数があったよ!?」

「当然だ! お前が小学校に入学した時から撮り続け、携帯の内部メモリーの九割をも埋め尽くすほどの量を集めた俺の努力は伊達じゃない!!」

「何そのアルバム規模のフォルダ!! 怖いよ!! もうお兄ちゃん、色んな意味で怖いよっ!!」

「これぞ愛の成せる技、PART2!」

「PART2来た!」

 

 ふふ……何と言われようと構わないさ。

 家族間ではこの程度の行い、罪に問われることなんて無いんだからな!

 

「普通だったら犯罪って気付いてたんだ!?」

「兄妹だから許される、それが俺のジャスティス」

「絶対違うよ! そしてそんな発言は全世界のお兄ちゃんの立場にいる人を敵に回す気がするっ!!」

「例えそれでも、俺はお前を愛する!!」

「出来ればそれはもっと別の場面で言って欲しかったっ!!」

「そして例えどんな時でも、俺はお前を愛でる!!」

「一文字違うだけなのに、すっごい変な感じにっ!!」

「あ、もちろん手を出すとさすがにまずいから、視線で」

「変態だぁぁぁぁああああっ! 変態予備軍がここにいるぅぅぅぅぅぅううううううううっ!!」

 

 最後の力を込めたツッコミの後、沙良は再度机に突っ伏した。

 そしてその姿を見、やっぱり俺は恍惚とした表情を浮かべる。

 何か最近、俺ってこの姿を見たいが故に若干暴走する傾向にある気がするな。

 

 息を荒くしながら突っ伏す沙良の姿を、もう一枚携帯カメラに収めてから、俺はどっこらせと立ち上がる。

 

「さて、ちょっと俺はコンビニに行ってくるけど、沙良はどうする?」

「……もう疲れた。ここにいる。行ってらっしゃい……」

「はいはい。知らない人が来ても、出るんじゃないぞ」

「子供じゃないから大丈夫ー……」

 

 相当に疲れがきてるのか、顔も上げずにひらひらと手だけを振って沙良は俺を送り出した。

 

 俺は外に出て鍵を掛けると、きちんと閉まっているかを確認した後に歩き出す。

 ここからコンビニまでは、ゆっくり歩いても五分と掛からない位置にある。

 そしてそれは、幾度か俺の家を訪れている沙良だって知るところだ。

 

 

 

 だから、出来るだけ俺は『本当の用事』を手短に済ませないといけない。

 

 

 

 コンビニへの道を歩きながら、俺は携帯を取り出すと、メモリーから実家への電話番号を呼び出す。

 滅多に実家へ用事なんて無いため、実際にこうして電話するのは数ヶ月振りか。

 

『もしもし』

 

 しばらく鳴ったコール音の後に、聞き親しんだ声が聞こえてくる。

 

「もしもし、母さん? 俺、透だけど」

『あら、透? 珍しいわね、あんたから掛けてくるなんて』

「いやまぁ、ちょっと急いでるからその辺は気にしないでくれよ」

『? 何か急ぎの用事でもあるの?』

「まぁ、そうなるかな」

 

 出来るだけ手短に済ませたかったから、最短で話の核を伝えないといけない。

 だから俺は、要点だけを纏めて話すことにした。

 

「沙良が家出をした理由、さっき電話で聞いてもう知ってるよな?」

『……あぁ、なるほど。その話ってわけね』

「あぁそうだよ。で、一つ言うならちょっと俺は怒ってる」

『……』

「俺と母さんと父さんの間でした『約束』、忘れたなんて言わないよな?」

『それはもちろん、覚えてるわよ』

「だったら頼むからさ、その『約束』の意味が無くなり兼ねないようなミス、しないでくれよ」

『……そうね……。ごめんね、透。あれは確かに、私とお父さんのミスだったわ』

「分かってるならいいけど……でも、本当に頼むからさ」

 

 俺は、そこで一度言葉を区切った。

 その『約束』を一度、自分の中で復唱する。

 

 決して忘れない、あの時に三人で交わした『約束』。

 まだ幼かった沙良を守るため、そして今後も守り続けていくために交わした『約束』――いや、もう今となっては、その言いかたも怪しいか。

 

 だって、俺達は――。

 

 

 

「俺じゃなくて本当は、沙良が養子だって事……気付かれないようにしてくれよ」

 

 

 

 ――沙良に対してもう十何年もの間、嘘をつき続けているのだから。

 

 

 

 

 

 

 沙良の本当の両親は、俺の両親の親友だった。

 そして当時は幼稚園の年長ぐらいだった俺にも、その記憶はある。

 

 とても気さくで、優しくて、でもそれでいて頼りになる。

 そんな人達だったことを覚えている。

 俺は何度もその人達には遊んでもらったし、もう一組の両親のように感じていたと言っても過言ではなかった。

 

 けど――そんな、罪の欠片も存在しないような人達だった二人に、世界の不条理は襲い掛かったんだ。

 

 

 

 それが、二人の命をいとも簡単に奪い去ることとなった、居眠り運転が原因の交通事故。

 

 

 

 幼かった俺にとって、それはもう一組の両親を失ったと同様の意味を持っていて、それ故にとてつもない悲しみを抱いたのを覚えている。

 俺の両親だってそれは同じだったはずだろう。

 

 とにかく、深い悲しみを感じた。

 後にも先にも、あんな思いを抱いたのはそれっきりだと言い切れるぐらい。

 

 性格柄かその二人を知る人も多くて、葬式には多くの人が駆けつけてくれた。

 そして誰もが例外無く、その事実に涙を流してくれた。

 俺の両親も、そんな人達に何度も何度も頭を下げていた。

 『ありがとう』、『二人も喜んでいる』……と。

 

 だけどそんな中で、たった一つの懸念があった。

 

 そう。

 

 それが、まだ物心もついていなかった、たった一つの二人の忘れ形見、沙良だ。

 

 考えてみれば、そこに集まってくれた人達はいい人しかいなかった。

 だってその誰もが、迷う事無く二人の忘れ形見である沙良を引き取ると提案してくれたからだ。

 

 だけど、結局は沙良のことは、俺達の家で引き取ることになった。

 二人の実家が、俺の実家に近かったと言うこともあったが、何より大きな理由が――その頃はまだ幼かった、俺にあった。

 

 両親が死んでしまったことなど分かるはずが無かった当時の沙良は、ただ両親が自分を抱いてくれないという事実にひたすら大声で泣いていた。

 もちろん、それは葬式の時も止まることは無く、誰が沙良を引き取るかを決めている時もまた、同様だった。

 

 だけど不意に沙良は泣き止んだのだ。

 誰があやしても、笑わせようとしても。

 何をしても泣き止まなかった沙良が。

 

 

 

 まだ小さかった俺が――深い悲しみに襲われていた俺が、小さなその腕で沙良を抱いたと同時に、泣き止んだのだ。

 

 

 

 その時のことは、決して忘れる事はないだろう。

 あんな奇跡のような出来事を、忘れられるはずがない。

 

 

 

 そしてその瞬間、誰もが悟った。

 

 沙良を預かるべきは、俺達なのだと。

 

 

 

 そしてその瞬間、俺もまた、悟った。

 

 沙良を守るのは、俺なのだと。

 

 

 

 

 

 

 そして俺が小学校に入り、沙良にも物心がついてしっかりとしてきた時。

 俺と両親は、一つの約束をした。

 それが、今までの俺達の関係を作ってきたと言っても過言ではない。

 

 その約束とは――。

 

 

 

 『沙良が一人で立てるようになるその時まで、沙良には本当の両親がいたことを教えない。そして、本当の家族であるように接すること』

 

 

 

 ――そういうことだった。

 

 十何年もの間、大切な家族である沙良に嘘をつき続けていることを、きっと世は非難するだろう。

 だけどそれでも俺達は、その約束を――嘘を、今まで――そしてこれからも何年かの間、貫き通していくことになるはずだ。

 

 だって沙良を守るためには――そうしないといけないから。

 そうでないと、まだ一人では立つことの出来ない沙良の心が、壊れてしまうから。

 

 加えて、俺が沙良に対してあんな接し方をするのだって、そこに理由がある。

 ほんの些細なことでもいい。

 少しでも沙良の心に、俺が本当の『お兄ちゃん』であるということを刻み付けたかった。

 沙良が俺のことを『お兄ちゃん』と思ってくれれば思ってくれるほど、その嘘は通しやすくなるから。

 

 シスコンでも変態でも、どんな風に周囲に罵られてもよかった。

 だけどそれでも、俺は沙良を守り続けると決めた。

 それがきっと、家族として俺に出来る、唯一のことだから。

 

 

 

 

 

 

「ほんと……不器用なんだから、皆」

 

 お兄ちゃんが出て行った扉が完全に閉まるのを見てから、私は息を吐いた。

 

 

 

 ……本当のことを言うと、私はもう全てのことを知っている。

 お兄ちゃんやお母さん、お父さんが私に嘘をついてること。

 私には本当のお母さんとお父さんがいて……そしてもう、その二人はこの世にはいないんだっていうこと。

 

 だって……当たり前じゃない。

 

 私はお兄ちゃん達の、『家族』なんだから。

 『家族』がついてる嘘ぐらい……分かるよ。

 

 でも、お兄ちゃん達は私がそれに気付いていると言うことを知らないみたい。

 まぁそれもそっか。

 お兄ちゃん達は、私が『その事実を知らない』っていう前提で嘘をつき続けてるんだから。

 だから実は、私はもうそれを知っているなんてこと、考えもしないんだ。

 

 それに実を言うと私、これでも演技には自信がある。

 

 こうして、全部を知らない振りをして、お兄ちゃん達のついてる嘘にギリギリ触れるラインの理由を用意して家出してきたのだって、私がそれに気付いているって言うことを悟られないようにするためなんだから。

 

 だから言っちゃうなら、私もお兄ちゃん達には嘘をついてるってことになるのかな。

 嘘をついてることを知ってるのに、嘘をついて知らない振りをしてる。

 お兄ちゃんが、それに気付かせないためのちょっと無理した言動に合わせる私。

 ……ちょっとややこしいけど、でも、そういうことなんだよね。

 

 もちろん、お兄ちゃん達が私にとっての家族だってことは、私だって分かってる。

 というより、本当のお母さんとお父さんには悪いけど、今のこの家族が本物だって思うときだって、やっぱりある。

 

 だからこそ……辛いって思うときも、あるかな。

 

 だって、家族に、嘘をつかなきゃいけないんだから。

 やっぱりそれは、辛いことだよ。

 

 でも、私はそれを直す気は無いんだ。

 

 だって、そうじゃない。

 

 

 

 それが私の、この家族に出来る唯一の恩返しだから。

 

 

 

 皆が私のためについてくれてる嘘なら、私はそれを、嘘をついてでも受け入れる。

 そしていつの日か、皆が私にその事実を告げてくれた時。

 

 その時にはきっと、私は今まで嘘をついたことへの謝罪の意味もこめて、こう言うって決めてるんだ。

 

 

 

 「私を育ててくれてありがとう。そして、これからもきっと迷惑を掛けるけど、よろしくね」……って。

 

 

 

 だからそうなる日まで。

 私はずっと、嘘をつき続けるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 透と沙良は、二つの布団を並べて敷き、そこに横になっていた。

 

「ね、お兄ちゃん。こうやって一緒に寝るのって久しぶりじゃない?」

「いや、そうでもないかな。俺は」

「……お兄ちゃんは?」

「あぁ。だって毎日夢の中で一緒に寝てるし……」

「やめてよ! 夢にまで私を出演させないでよ!!」

「いや、夢って言うのは人間の深層心理を映し出すものだからな。制御なんて出来ないんだ」

「嘘だ! お兄ちゃんの場合、それは絶対に妄想に違いないんだっ!!」

「おぉ、よく分かったな! さすが我が妹、以心伝心はバッチリだなっ!!」

「私、墓穴掘った!!」

 

 大いに自爆し、沙良は枕に顔を埋める。

 何かこう、いつものツッコミ疲れよりもこっちの方が精神的に堪えるのだろう。

 

 お互いに嘘をつく上に成り立つ関係も、結構本気で語り合うとこうなるらしい。

 

「って……せめて夜ぐらい羽目外さないで話そうよぉ」

「別に外してないけど……」

「嘘だぁ……」

「いや、だっていつもフルスロットルだし」

「いつもこんなのなの!?」

「モチのロンだ」

「言い回しが妙に古いねっ!」

 

 確かそれは死語だったのではないだろうか。

 そうツッコむ沙良ではあるが……どうにもやはり、まともに会話を成立させるのが難しい二人である。

 実際、素で語り合ってもこうなるんじゃないだろうか。

 

 透は、長い間こんな性格で我を通してきたために、もうこれが定着してきちゃってるし。

 沙良も同様に、長い間のやり取りのせいでツッコミ癖が身に染み付いてきちゃってるし。

 

 やっぱり、嘘とかつかなくてもお互いに歯車は噛み合いそうである。

 

「でもさ、やっぱり本当に久しぶりかな。こういうのって」

「だから、俺は毎日寝てるって」

「……こう、小さい頃を思い出すよねぇ」

 

 無視することにしたらしい。

 何か透が、そのせいで地味にショックを受けていたが、沙良はそれすらも無視して話を続ける。

 

「最後にこうして寝たのって……。確か、もう五年以上も前なんだよねぇ」

「沙良が、まだ小学生の頃だな」

「うんうん」

 

 結局、透も普通に会話に参加する。

 やっぱりずっと無視しつづけられるのは、精神的に辛いものがあったらしい。

 

「あの時は結構頻繁に寝てたよね」

「大半が『怖い夢見た』とかだった気がするけど」

「そ、それはっ。……だって、本当に怖い夢みたんだもん……」

「幽霊か何かにでも襲われたのか?」

「ううん、違うよ……」

 

 沙良は、何故かそこで少しだけ顔を赤くすると、ちらりと横目で透を見た。

 

「お兄ちゃんが……いなくなる夢……」

「……」

「あ、そ、ち、違うよ!? 別に変な意味じゃなくて、そのっ……うぅ……」

 

 けど、言っているうちに相当恥ずかしくなってきたのだろう。 

 とうとう真っ赤になって、完全に顔を枕に埋めて隠してしまった。

 

「沙良」

 

 そんな沙良を、透が静かに呼ぶ。

 

「うぅ! やっぱり今のなし! 忘れてっ!」

「無理」

「ひぅっ!?」

 

 即答で答えて、透は沙良の手を布団の中で掴んだ。

 びくりと沙良が身体を震わせる。

 

 だけど――。

 

「で、こうしてよく寝たっけな」

「――あ……」

 

 ――次に透が放ったその言葉に、沙良は小さく呟いた。

 

「……怖い夢、見なさそうか?」

 

 少しだけ、透の顔も赤くなった。

 柄にも無いことを。

 そう思っているのだろう。

 

 けど、沙良はその透の手を強く、しっかりと握り返した。

 

「うんっ! 全然、大丈夫だよっ!」

 

 そう沙良は大きく首を縦に振る。

 それを見て透も、恥ずかしそうではあるが、微笑みを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 守ると誓った。

 

 大切な家族に、恩返しをしたかった。

 

 

 

 だから俺は、それを心に決めた。

 

 だから私は、そうすることにした。

 

 

 

嘘の家族、けど同時に本当の家族を、演じることに。




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