「まず、こういった直接使うタイプのアーティファクトに必要なのは、そのアーティファクトとの相性です。実際に相性が合わないとその力を上手く扱えなかったり、暴走してしまうこともありますから。
ただ、逆に相性が合えば合うほどその力もある程度強さを増していきます。
ですから、実際に選ぶ時には自分に合っている、と直感的に感じた物を使った方がいいんです」
「……いや、そんな簡単に言われても」
何度も言うが、郁也には戦闘経験はおろか、武術の経験すら無い。
なので、自分には何の武器が合っている、などということが分かるはずもないのだ。
「でしたら、実際に持ってみたらどうですか? このランクのアーティファクトでしたら、触ったり振ったりするだけなら力の発動もありえませんから。
一番使いやすいと思ったアーティファクト――武器から選べばいいと思います」
わざわざ言い直さなくてもいいのに、という突っ込みは抑え、変わりにため息にしてそれを吐き出す。
もう反論しても無駄なのだ。そう理解してしまったのだ。
なので、とりあえずは一番基本的――武器というカテゴリーの中で、だが――である、剣の形をしたそれを郁也は手に取り、
「……重みまでしっかり本物じゃないのか? これ」
これ切れ味はかなりしっかりしてそうだよなぁ、と冷や汗を僅かに垂らしながらそう告げた。
実物を持ったことは無いので何とも言えないが、それでもこの物体には何かそう思わせる重量があったのだ。
「どうなんでしょう……。郁也さんの世界にある剣がどんなものかは分からないので想像は付かないんですが……」
「まぁそりゃそうか……」
だが、いちいち考えていてはどうしようもない。
とりあえず、そんな思いは頭から振り払って、代わりにその剣を一振。
「どうですか?」
「振り回すように使えば何とか。でも、やっぱり重い武器は腕が疲れる……」
今の一振だけでも、意外と腕の力を使ったのだ。
まぁもっとも、それは郁也自身が対して力を鍛えていないという理由もあるのだが。
「ですけれど、私が創るような武器ならともかく、こういった物には重さは付き物ですから、その問題は鍛えて解決するしかないかと……」
「結局、最後は自分の努力というわけね……」
何事も物に頼ってはいけない。
それをまさに悟った時だった。
Chapter7 戦う術
結局、ウィンが持ってきた全てのアーティファクトを試してみたが、一番合っていた始めの剣――というより、その力を発動できるとウィンに判断されたのがそれだけだった――を使うことになった。
もっともその剣の力も完全に使えるというわけでもないのが、暴走もしないようだし、他に使えるのが無いなら仕方無いというのがウィン論である。
「とりあえず、そのアーティファクトの説明をしておきますね」
使わないことになったアーティファクトをアーティファクトの収納部屋へと戻してきてから、ウィンはそう口を開いた。
「そのアーティファクトは、Rank]T『
「……え、アーティファクトって、一つ一つに名前が付いてるのか? てか、覚えてるの? お前」
「あ、はい。ただ、一つ一つ、というわけではないんです。まったく同じアーティファクトには同じ名前が、という感じである程度決まった名前が付いてるんです。
それで、私が覚えてるのは、その本当にごく一部の物だけですね。全部なんてさすがに把握し切れませんよ」
一体、アーティファクトって何種類存在するのだろう。
その言葉に疑問を抱かずにはいられない郁也だった。
そしてもう一つ。
ウィン、それだけ覚えていれば充分だと思う。
「とりあえず、アーティファクトもある程度訓練すれば力の扱いも上達しますから、しばらくは基本的な腕力とかと、その力を使いこなせるように訓練をする形になると思います」
「具体的には?」
「腕力などについては、毎日素振りとかを欠かさずやればすぐに付くと思います。それで、力を使いこなすのも同様に、毎日そのアーティファクトの力を使うようにすれば大丈夫ですよ。
もっとも、両方ともやる分量によって、上達の早さは変わりますけどね」
まぁそれはそうだ。
つまりは、早く上達したければ頑張れ、と。
ぶっちゃけ過ぎるかもしれないがそういうことなのだろう。
「それで、ある程度力が付いてこれば、私とか、他にもここには戦いに出る人もいますし、その人達と模擬戦みたいなのをやってもいいと思います」
「了解。まぁ、しばらくは素振りの練習になるだろうけどな」
「そうですね……。でも、きっとすぐに上達しますよ」
にこりとそう言って笑顔を浮かべるウィン。
その嬉しいはずの一言に、郁也は素直になりきれず、
「……ウィンってさ、何かと理論的なこと言うくせに、こういうときは憶測で物を言う傾向があるよな」
そんなことを言って、ウィンの頬を膨らませていた。
アーティファクトには、どういう原理か、こちらの意識を汲み取る装置のような物が仕込まれているらしい。
「いいですか? アーティファクトに込められた力を使うには、所持者自身が何らかの形で命令をする必要があるんです」
と。ウィンが説明したように、実際にアーティファクトの力を使うためには、こちらが力を使うという意思表示をする必要があるらしいのだ。
例えば声。その力を使うように命令を下せば、アーティファクトはそれに答える。
例えば心。その力を使うように思えば、アーティファクトはやはりそれに答える。
ともかく何でもいい。
アーティファクトに、その力を使うということが伝われば、アーティファクトはそれに応えるらしいのだ。
まぁもっとも、
「ただ、心で命令するとなると、やっぱり私の能力と同じで意識をそっちに持っていかれちゃいますから、私みたいに訓練をしてない郁也さんは声を使った方がいいと思います」
ということらしいが。
「その言葉に、何か決まりはあるのか?」
「いえ、言葉や心で命令することで、アーティファクト自身がその意図を勝手に汲み取って力を使います。
ですから、『硬くなれ』と言ったとすると、アーティファクトが所持者の『物体を硬くしたい』という意図を汲み取るんです」
「それを、アーティファクトが実行する……か。何とも、ハイテクな機能だな」
自分が手に持っているそれを見ながら、郁也はそう一言。
本当に、古代の遺産というのがまったく信じられないぐらいだった。
「でも、一度その言葉を決めたら、変更は効きませんからよく考えてくださいね?
……と、いうわけで。物は試しですよ。とりあえずは……そうですね」
うーん、と何かを考える様なポーズをとるウィン。
そのまま五秒程すると、何を思ったのか頷く。
そして、
「【岩】」
ズン、と凄まじい音と共に、直径だけで一メートルはあるんじゃないかと思える巨大な岩が、郁也の数歩前に生み出された。
「これ、
は? と。その言葉を聞いた瞬間、郁也は目を点にした。
「ですから、壊すんです。そのアーティファクトの力を使って」
「……マジで?」
「マジです。大丈夫ですよ。初めてですから、この石の硬さも実際は木ぐらいのものです。ですから、力を使えば壊すことぐらい簡単ですから」
そう笑顔を浮かべるのだが……。
「……簡単に言いすぎだろ、ウィン」
いくら木程度の硬さになっているとはいえ、慣れていない郁也にはそこまで硬度の低下は出来ないのでは無いだろうか?
つーか出来ない。
そもそも、この力は物体の強度を『ある程度』変更できるだけのはずだ。
木程もの硬さのある物の強度をそこまで下げられるとしたら、かなり強い能力に分類されるのではないか?
そしてそれは疑問となって積もり、思わず、ウィンに向けてそれを口にした。
……だが、予想に反してウィンの返答は落ち着いたものだったが。
「確かに、使いこなせば能力自体は上位に入るかもしれないんですが、この力。使うためには幾つも条件が必要だってことを忘れてませんか?」
そう言って、ウィンは指を二本立てた。
「対象が、非生物であること。そして、所持者自身がその対象に触れていること。
これだけの条件を戦闘中に行って力を発動するとすると、それなりのリスクを伴います。
そもそもアーティファクトのランクは、総合的に見て、その力がどれだけ強いものなのかによって決められるんです。
ですから、RankTのアーティファクトともなると、その力を使うのにはリスクなんて無い、でもかなり効果の高い力が込められているんですよ。
と、そんなわけで、リスクの多いその力が込められているアーティファクトになると、今のランクが丁度いいんです。
それに、無駄に力の強いアーティファクトを使うと、郁也さん自身が飲み込まれてしまうこともありますし」
はぁ、とその詰まること無い説明に、郁也は思わず関心。
もうウィンの博識は見慣れたはずの物なのだが、こうも完璧に疑問に答えられては感慨の声も漏れるというものだった。
「というわけで。さっさとやっちゃいましょう」
そしてその言葉には、諦めのため息が漏れた。
「んじゃぁ、行くぞ」
その岩に手を当て、郁也がそうウィンへ向けて言う。
「はい」
返答するウィンはその郁也の数歩――三メートル程後方からその様子を見ていた。
曰く、近くにいると破片が当たる可能性があるらしい。
『……壊す俺は?』
と、不安になりそう聞いてみたところ。
『すぐに治せるようにしておきますからっ』
と、元気のいい返事が返ってきた。
そして今に至る。
何でこんなことになったんだろう、なんて今更にもほどがありすぎることを考えながら、郁也は行動に移った。
「……硬度を低下」
一応必要は無いとウィンは言っていたのだが、それでもこの石の硬度が低下することを、よく分からないながらもイメージしつつその言葉を紡ぐ。
そして、
≪Hardness down≫
アーティファクト――ストレイドが、声を発した。
「しゃ、喋った!?」
当然、そのありえないような自体に郁也は驚愕である。
「あ、それはですね」
と、そんな郁也にすかさずウィンが横合いから説明を入れる。
もうこれ、完成した光景ではないのだろうか。
「アーティファクトの発動確認の音です。理由は分からないんですが、発動の際にはそれが発されるようになっているらしいんです」
「……音? 声じゃなくて?」
「はい。声に聞こえるんですが、実際に会話も出来るわけではないですし、私達は音と言っています」
はぁ、と呟き。もう、ここへ来てから驚くことばかりだった。
「ともかく。今ので発動は成功のはずですから、一度その岩をそのアーティファクトで切ってみてください」
そう言って、ウィンはストレイドを指差す。
まだ色々な感情が入り混じりながらも郁也はそれに一応、頷き、ストレイドを振り上げる。
そして――
「だぁぁっ!」
力一杯、気合と共に振り下ろした。
ガツンッ、と。それと同時に、手に凄まじい衝撃が走った。
「――っ!」
手が痺れ、思わずストレイドから手が離れてしまう。
失敗だ。
見るまでも無く、それは明らかだった――
「いえ、成功ですよ」
はずなのに。
後ろから聞こえたのは、その正反対の答えだった。
「よく見てください」
ウィンがそう言い、郁也の隣まで歩いてくる。
そして、その正面にある岩を指差した。
「やっぱり、そこまで相性は良くないんですね。岩全体の硬度を――っていうのは、まだ無理があるみたいですが」
ですけれど、と。
ウィンはそう続ける。
「成功は成功です」
郁也は痺れた手から、視線を岩へ向ける。
――剣で叩いた部分。
そこを中心に、三分の一近くが
「……マジか」
それを自分がやったのだと、そこで郁也は再認識。
思わず放してしまったストレイドへと目をやるが、対するストレイドは沈黙しているだけ。
実感が、まるで湧かなかった。
「郁也さん。怪我とか、してませんか?」
「え? ……あ、いや。大丈夫だと思うけど」
痛みは……無い。
敢えて言うのならばまだ手が痺れている、というぐらいだ。
「てかさ……本当にこれ、出来るようになるのか? 全部を壊すとなると……少なくともあと二回分はあるんだぞ?」
「郁也さん……折れるの早いですって。ちゃんとやれば壊すことぐらいは出来ますから」
「えー……」
まったくそうは思えない郁也だった。
とにかく、とウィンが口を開き、
「少しずつでいいですから、完全に壊しちゃってください」
などと言い放った。
「……あの、ウィンさんや。少なくとも俺はあと一回、腕を痺れさせなければいけないんで?」
「嫌でしたらさっさと上達してくださいねっ」
「……」
引っ叩こうかこの娘、と。少し本気で思った。
だが、確かに上達しなければ元も子もないか、とそれもやめ、再び手を岩へと。
そして、今度は回りには敵もいないことだし、と心で命令をしてみることにした。
先ほどは口に出した言葉を、今度は、心の中で唱える。
すると、
≪Hardness down≫
確かに。ストレイドはそれに応えてくれた。
が、やはりその郁也の手から何かが迸るとか、岩の色が変わるとかそれの成否を確かめる方法はないらしい。
見た目はやはり何も変わらない、岩そのものだ。
しかしそれでも成功はした。
今度はウィンに言われてではなく、何というか。自分でもそれを感じ取る様な、とにかくそんな感じでそれを理解する。
そして、再び剣を振り上げる。
荒廃した大地に、再び岩と剣とがぶつかる音が、盛大に響いた。
「確かにこりゃ、腕力とか基本的な力も鍛えた方がよさげだな……」
今更ながら、痺れた手を軽く振りつつ郁也はそう呟く。
一回岩を叩く度に手が痺れる程度の力では、ギルディスが武器を持っていた場合に鍔迫り合いなどになってしまえばこちらに勝ち目がなくなってしまう。
「ですから、暇な時間でいいです。素振りとか腕立て伏せとか、とりあえずその場で出来る鍛錬を行えば、すぐに力はつきますよ?」
「……まぁ、それは確かなんだろうけどなぁ」
そう呟いて返す郁也の視線は、そんな返答をしてくれたウィンへと向いている。
実はあの後、ウィンにお手本といい一度だけ岩を砕いてもらったのだ。
そしてその結果は、もう素晴らしいものだった。
郁也が悪戦苦闘していた岩を、何のアーティファクトの使用も無しに、ただの剣の一閃で、ウィンはそれを粉々に砕いたのだ。
普通に剣で岩が砕けるのはどういうことだ? とは疑問に思ったのだが、能力と併用すれば大地を割るぐらいはできるらしいというので驚きだった。
で、その力の差――腕相撲で勝負もしてみたりしたのだが、あの華奢な腕の何処に、と思える腕力に叩き伏せられた――を見て郁也も見習おうと思っての先ほどの言葉なのである。
「とにかく、今は仕方ないです。無理せずに少しずつ鍛えていけばいいんですから、あまり焦らないでくださいね?」
「それは理解の上なんだけど……どうにも、自分より何歳も年下の女の子に負けてると思うとプライドが……」
と、そんなどうでもいいことにこだわる郁也がいた。
「あ、あはは……」
そしてその言葉に苦笑を浮かべつつも反論をしないのは、ウィンの方が実は大人であることの証明なのかも知れなかった。
「はぁ……」
部屋に戻ってまず出たのは、そんな深いため息だった。
とは言っても、ただ今までの疲れがどっと押し寄せてきただけなのだが。
これで、まだ一日目。
決意はしたし、覚悟もした。
だがそれでも疲れるのはおかしなことではないだろう。
それに、よく考えればアーティファクトを使う訓練だって休みを挟むこともしなかったのだ。
それはただ単に自分が休むことに気付かなかったという馬鹿な理由からだったのだが、今悔やんでもそれは仕方無い。
ともかく、そんなかんだで郁也の疲れはもう最骨頂に達していたのだ。
故に郁也の体は半ば無意識にベッドを目指し、その上に倒れる。
そして、しばらくはこの調子が続くのかも知れない、と考えると、何だか疲れが二割増ぐらいになった気がして、またため息が出た。
「こんな調子で……大丈夫か。俺」
決意したのはいい。だがどうにも、それを実行出来るようになるのが何時になることか。
先は、長かった。
本当、頑張ろうと。再三そう思い返し――気が付けば、郁也の意識は眠りへと沈んでいた。
あとがき
どうも、昴 遼です。
さて、今回はとりあえず、アーティファクトというものに関しての多少の補足と、そしてこれからしばらくは郁也の相棒となる『ストレイド』についての説明の話になっていると思います。
で、郁也は平々凡々な少年という設定ですので、当然の如く筋力も体力もありません。
故のこの結果、ということですね。
まぁそれはさて置き、話が大きく転がり始めるのは……まだまだ先の予定。
どうかそれまで皆さん、楽しんでください。
では、また。
さて、色々後で質問されるのもなんなので。
とりあえず『ストレイド』説明です。
・正式名称
・ランク
Rank]T
・固有能力
強度変更
・備考
形状は両刃の片手剣
能力の発動には、使用者か本体が触れている必要がある
生物やストレイド本体には能力の効果は無し