「スットラーイクッ!」

 

 軽快かつ爽快な音と共に全てのピンが吹き飛ぶ。

 まぁ説明するまでも無いが、ボーリング場に彼女等はいた。

 二人っきりでこんな所に来ているのに付き合っていないというのだから、この世の中は不条理に出来ているのだろう。

 

「お前さ、高校辞めてプロボウラー目指せよ。絶対儲かるって」

「えー、今の時代そんなの儲からないよー」

「……無茶苦茶失礼だからな、お前」

 

 今ので一ゲーム目が終了。

 それだけで総ストライク回数は十回に達しているのだから絶対天職のはずなのだが、当の本人はどうでもいいご様子。

 

「所詮ボウリングって趣味だしなぁ。私は普通に動いてる方が好き」

「あぁうん。趣味でもしっかりマスターするお前を尊敬するよ、俺は」

 

 何時だったか女子バレー部に乱入して圧勝したことだってある運動神経の持ち主だ。

 もうこれぐらいで驚いてはやっていけない。

 ……それどころか、情けない話に喧嘩して勝てる気すらしないのだ。この少女には。

 

「華奈」

「ん? どったの?」

「学年最強な、多分お前」

「あははー、死神を呼ぶ合言葉かな? それは」

「……ごめんなさい」

 

 いい笑顔で目をマジにボウリングの球を構えないでほしい。

 というかそんな器用な表情をされる時点で生きた心地がしない。

 ……あ、ちなみにそれは薫の使っている球だから十二ポンド。殺傷能力は充分すぎるほどである。

 出来れば人生、ボウリングの球でサヨナラを言いたくはないものだ。

 

「駄目、許さない」

「何とっ!?」

 

 死神が降臨した。

 

 

 

 Chapter15 彼等の今は

 

 

 

「やー、楽しかったね」

「だな。三途の川ツアーなんてそうそう出来るものじゃない」

「こうやって羽目外して遊ぶのも、やっぱり今だから出来るんだろうなぁ」

「でも、川の向こうで祖父さんがあんまり羽目外すといいこと無いって言ってた」

 

「何? さっきから喧嘩売ってるの?」

「俺のせいですか? そうなんですか?」

 

 世の中の不条理さに涙したい。

 そう思わざるを得なかった。

 

「まぁ細かいことは置いといてさ、お昼何処で食べる? さすがにあれだけ動いたからお腹すいたよー」

「あぁうん細かいことね。とりあえずファミレスでも入るか?」

「えー」

「……頼むから否定するなら案を出してくれよ」

「気が利かないなぁ……薫は」

「なぁ、お前は一体俺に何を求めるんだ?」

 

 昼食時に気を利かせるべきことなど、少なくとも薫は知らない。

 しかし無情にも華奈は察してはくれないらしく、大きなため息一つ。

 やっぱり、理不尽である。

 

「これだよー、これ」

 

 そう言って華奈が取り出したるは、大きな包み。

 何というか、重箱を二つほど重ねたようなサイズがそれとピッタリでは無いだろうか。

 

「……どっから出した?」

「別の疑問を抱けー、えいやっ」

「だから何故!?」

 

 弁当箱の角。

 とりあえず直撃したら結構ヤバイそれが脇腹に直撃した。

 ……でも大丈夫? 何でだろう。

 

「さて、あと一回チャンス」

「……外したら?」

「地獄へゴー♪」

「弁当でございます、姫」

 

 考える余地? んなもの必要無い。

 大切なのは命なのである。

 ボウリングの球もそうだが、重箱でだって死にたかない。

 でも一撃既に食らっているのに平然な薫が簡単に死ぬかは不明である。

 

「オーケーオーケー。分かってるじゃん」

 

 もしこれが外れだったらどうなったんだろう、っていうネガティブな思考は捨て、とりあえずまだ人生を楽しめることができるということにホッとして息を一つ。

 ……でまぁ、すぐに普通の会話に戻すことを思いついた。

 このままの会話ではいつまた命の危機にさらされるのか分かったものではないし。

 

「でまぁ、食べよ?」

「それが姫のお望みとあらば」

 

 シチュエーション的には、自分の好きな女の子が自分と二人で食べるために弁当を作ってきてくれたという素敵な演出なのだが、今の薫にそれを喜ぶ余裕はなかった。

 哀れと言わずして、何と言うべきか。

 

「虚しい?」

「……哀れでいいよ。もう」

 

 若くして早くも哀愁を漂わせる少年だった。

 

 

 

「しっかし、郁也は今頃何してるんだろうなぁ」

 

 薫は言いつつ、華奈お手製の料理を口に運ぶ。かなり美味い。

 

「さぁてねぇ。外国のことなんて私わからないしなぁ。何だか、タチの悪い奴等に絡まれてたりして」

「お前な、外国に偏見抱きすぎ。そんなことは滅多には起こらないって」

 

 いやまぁ、絡まれているのだが。

 人ではないにしろ、纏めて言えば『奴等』の分類に入ってもおかしくない者に。

 

「じゃあ、あれだよ。困った人を助けるために面倒な仕事引き受けてるとか」

「あー、確立高そう」

 

 それも正解。

 まぁ、面倒以前に生死を賭けているが。

 

「無事に帰ってくるのかな、あいつ」

「さー、どうだろうねぇ。帰ってきたと思ったら凄いたくましくなってたりして」

「……それは想像できないな」

「うん、私も」

 

 ……そして、郁也が一番努力しているであろう部分だけは理解されることはなかった。

 哀れな郁也である。

 

「ま、そのうちひょこり帰ってくるって。あ、その卵焼き私のっ」

「ケチるなって。まだあるじゃん」

「駄目ーっ。それは自信作だから私だけが食べるんだーっ」

「自信作なら分けろよ」

「ふがーっ!」

「猫かっ!? 痛っ! 噛むな、コラっ!」

 

 がーっ、と騒がしい彼等。

 例の丘にビニールシート引いて美味しく食事中である。

 でまぁ、そんな場所だから一目が無いのが救いだろう。

 端から見れば現状は華奈が薫を襲っているようにしか見えないのだから。

 

「うーがーっ!」

「ちょっ! それ俺の箸ーっ! 間接キスとかお構い無しかお前!?」

「花より団子ーっ!」

「使い方違ーう!」

 

 もう何が何やら。

 昼食の場なのにくんずほぐれつ大騒ぎ。

 そんな状況になっても気が付かない。

 彼等の暴走を止めるのは基本、郁也だけであったことを。

 というわけで、以下略。

 

 というわけにも行くはずはなく、

 

「んぉ」「わきゃ」

 

 ごろごろと丘を転がっていたら、二人は奇声を上げた。

 そしていきなり落ちた。

 その、不自然に抉れてできたような穴に。

 

「何でこんな所に穴が……。腰打っただろうが……」

「私も分からないし……。あ、クッション代わりありがと」

「……ひでぇ」

 

 無傷な様子で服を払いながら華奈が立ち上がる。

 そして自分の落ちている穴を見渡す。

 大きさ、直径一メートルほど。

 明らかに自然には出来ないであろうその穴を。

 

「最後来たときは無かったよね、こんなの」

「いやまぁ、あったら気付いてるからなぁ。無かったんだろ」

 

 じゃあ何故? と二人首を傾げる。

 でも分からない。

 いやそもそも、

 

「……華奈、お前、最後ここに来たのっていつか覚えてるか?」

「へ? いつってそれは、……えっと、いつ?」

「……覚えてないんだな? つまりは」

 

 訊き返されるってことは覚えてないんだろう。

 

「う、うん……?」

 

 何とも曖昧に頷きながらも、首を傾げる。器用だ。

 だが、それでも何とか記憶を鮮明にしようと指折り、何かを数え始める。

 

「今月来たのが……四……あれ、五回? えぇ?」

「落ち着け。とりあえずここに来るのは郁也が一緒の時だけだろ? じゃあ、俺達が郁也と一緒にいたのっていつだ?」

「え、えっと……郁也が外国に行く前、郁也の家で会ったのが最後?」

「のはずだ。俺だってそれ以外覚えてない」

「……でも、その日ってここに来たっけ?」

「……問題はそれ。俺は記憶に無いけど……」

 

 郁也の家にいたのは確かだが、その前にここにきた記憶なんか無い。

 ……無い?

 

「……なぁ、俺達、何で郁也の家にいたんだっけ?」

「え、え。……えと、お茶を飲みに?」

「や、それはさすがに有り得ないから」

 

 この年で友達の家にお茶を飲むためだけに行くなんて聞いたことない。

 まぁ、それはいいとして。

 

「つまりは華奈も覚えてないんだな?」

「うん、全く。……何で?」

「俺が知るか……」

 

 記憶の一部分だけが抜け落ちたかのような記憶喪失なんて聞いたこと無い。

 いや、あるのかもしれないが、少なくとも自分にはそんなことになってしまう原因は考えられない。

 頭に衝撃を受けたわけでもなし、とんでもなくショックな出来事があったわけでもない。

 

「まぁ、とりあえずここから出ようぜ。こんな所で話し合ってると馬鹿みたいだ」

「そだね。座りながら話そうか」

 

 さらに言えば二人ともが全く同じ記憶を同じタイミングで忘れている。

 そんなこと、偶然としては全く説明が付かないではないか。

 

「どうなってるんだか」

 

 さすがに事は重大、というか不可解。

 元の位置に座りなおすはいいが、互いに箸を手に持ってはいない。

 

「こう、記憶を取り戻す方法として代表的なのを試すとか?」

「……華奈、お前の考えていることが俺には手にとるように分かるぞ?」

 

 グッと握り締めた拳がやけにしっかりと見えた。

 

「じゃあ事は早いね? せーのっ」

「準備まだです姫ーっ!」

 

 ゴッ、と鈍い音が丘に響き渡った。

 

 

 

「何か思い出した?」

「死んだ祖父さんの顔」

「いっそ握手でもしてくる?」

「ごめんなさい」

 

 それは明らかに『殺るよ?』の意思表示である。

 もう今日だけでも数回死に直面している薫から見れば、それは明らかに本気なのが分かる。

 故に平謝り。別にプライドを捨てたわけではない。

 

「頭が痛い」

「別の方法って何があるかなぁ……」

「……」

 

 頑張って考えてください、と。薫は今だ横たわった体勢のまま目を閉じた。

 その隣からは本当に悩んでいるらしく、うーん、とか華奈の唸り声が聞こえる。

 で、数秒したらそれが止んだもので何でだと目を開けた薫。

 

 その真正面に、華奈が迫っていた。

 

「あの、華奈さん?」

「んー? 何?」

「何しようとしてるのですか?」

「いや、ほら。キスとかも結構代表的だなぁ、と」

「……抵抗を感じないのか?」

「? 薫は嫌?」

「……」

 

 そう言う問題じゃない。

 いやそりゃもうこっちとしては大歓迎ではあるのだが――って違う。

 

「普通、そう言うのは彼氏とかのために取っておかないか?」

「んー」

 

 人差し指を頬に当て、小首を傾げること三秒。

 まぁ、それもそうだよね、と華奈が告げ、ホッとしたのも束の間。

 

「じゃあ付き合お?」

 

 とんでもないことを言って、でもって嬉しさ呆れ全ての感情が入り乱れ、数秒間ほど薫は意識を飛ばす羽目になるのだった。

 

――郁也。何だか無茶苦茶な形で願いが叶ったんだけど、お前突っ込んでくれないか?

 

 んなこた無理である。

 

「ほらほらー、イエスかノーか、はっきりしてよー」

「……なぁ、お前ってそんな子だっけ?」

「私はいつでも自分に素直な子」

「……まぁ、そうだったけど」

「それに、別に誰でもいいってわけじゃないし。薫のことはちゃんと好きだから言ってるんだよ?」

 

 あぁ、ずっと聞くことを夢見た台詞をこんな形で聞くなんて……誰が想像するんだろう。

 出来るわけ無い。

 

「ほら、女の子に告白されてるんだから、男ならすぐに返事するの」

「お前は男の定義を間違えてるからな?」

「へーんーじー」

 

 突っ込みはスルーされ、肩を掴まれ左右に揺さ振られる。

 

「あー、分かった分かった。お前のこと俺は好きだよ。でもこんなシチュエーションで告白したくなかったよコノヤロウ」

 

 きっと言う時には凄い緊張するんだろうな、なんて前は考えていたのだが、もうそんなものぶち壊しである。

 むしろ何の緊張とかも全く無く言えたのはこんな状況だからだろう。

 

「ん、じゃあ今から私彼女ね?」

「あー分かった分かった。んじゃ、よろしく」

 

 多分、世界の何処を探してもこんな簡素な告白と受けはあるまい。

 でまぁ同時に、

 

「うん。じゃあまぁ、覚悟っ!」

「何を――!?」

 

 付き合って早速こんなやり取りをするカップルもいない。

 

 初めてのキスは血の味。

 多分、さっき殴られた時に唇でも切ったんだろ。そう思った。

 

 

 

 結論。何にも思い出しはしなかった。

 

「何だ。俺の今の苦労は、一体何だ?」

「まーいいじゃん。彼女とキスできたってことでさ」

「あんな雰囲気の欠片も存在しない時にやって嬉しいと思うのか、お前は」

「え? まぁそれなりには」

「凄い。お前の感覚は凄いよ、マジで」

 

 そろそろ心で思うのも限界になってきた。

 というわけで口に出してみた。

 

「おだてても何も出ないよ? ん?」

「拳が出ています、姫」

 

 あと、背後には何だか文章で表せない何かが出てる。

 感覚的には畏怖を感じる、とでも言えば察することは容易いだろう。

 

「あ、物理的なものはノーカウント」

「おだてて出るものも普通は物理的な何かじゃないのですか? 食べ物とか」

「うん。だから食べ物じゃなくて――」

 

 ちょいちょい、ともう片方の手で拳を指し、

 

「コレ」

「おだてないので引っ込めてください」

「イヤ」

「……」

 

 すー……、と流れるような動きで薫は地面に両手を付いた。

 詳しく言えば、前屈みになって両手をやや前に出し、クラウチングスタートの体勢。

 

「?」

 

 拳を構えたままの華奈が首を傾げると同時。

 

「風を切れ、俺!」

 

 駆け出し、薫は一陣の風となった。

 

「あははーっ!」

 

 追いかけ、華奈は一人の鬼神となった。

 

 

 

――あー……こうやって走り回るのなんていつ以来だろ。

 

 背後に自分の命を刈り取りにきたと思われる死神の存在を知りつつ、薫はふと思ってみる。

 ぶっちゃけ、馬鹿をやるのは今まで珍しくなくてもこうやって走り回ったのは久々のはずだ。

 

「なぁ、華奈」

「ん、どうしたの? 諦めるならサクッとやってあげるけど」

「いやまだ死にたくない」

「加速!」

「マジでっ!?」

 

 とりあえず速度上昇。

 でもまぁ、慌てず騒いで薫は言葉を続ける。

 

「こうやって走り回るのって、結構久々だよな」

「あー、そうだねぇ。特に、ここ走ったことって殆どなかったよね」

「そうそう。確か――……は?」

「……あり?」

 

 不意に、それまで止まろうともしなかった二人の足が止まる。

 ふと感じた違和感は、どうやら二人共通のものらしい。

 

「俺達、ここで走ったことあったか?」

「無かったと、思うんだけど。でもあった気がする」

「これまた、俺もだ」

 

 さっきの部分的な記憶喪失といい、これまた二人共通の記憶喪失。

 これは偶然?

 そんなわけない。

 さっきのとおり、もうこんなこと偶然であってたまるか。

 

 だが偶然でなければなんだ。

 確かにこれは偶然で説明がつくことでは無いが、偶然とでも言わねば説明のつけようが無いじゃないか。

 二人は立ち止まり、話を続けることにした。

 原因の追求の方が最優先、というわけである。

 

「誰かにやられた、とか?」

「偶然じゃなきゃそれ以外無いだろうけど、そんな技術が確立してるわけ無いだろ。それにそんなことがありえるとしたら、郁也しかいないだろ」

「そう、だよねぇ」

 

 郁也の家にいた以前の記憶の一部が無い。

 仮にそうだとすれば、郁也の家にいた時。即ち郁也の家にあの時いた人物によってその記憶を消されたことになる。

 

「あ、でも郁也じゃないかも」

「いや、郁也以外に誰がいるんだよ」

「ウィンちゃん」

「……誰?」

「うんとね、郁也の家に預けられてた子なんだけど、両親の都合だっけ? なんかそんなので」

「へぇ、そんな子が」

「うん。けれど今はいないみたいだから……郁也と一緒に海外に行ったのかな――って、待って。何で薫知らないの?」

「は? いやお前、初めて聞くんだから知らないのが当たり前じゃ――」

「違うそうじゃない。私達、あの時郁也の家にいた(、、、、、、、)んだよ? 会ってないなんておかしいじゃない」

 

 確かに、郁也はあの少女を預かったと言った。

 ならば家にいるのが当然で、郁也の家に行ったときにその姿を見ているのは当たり前の理屈だ。

 だが――薫はウィンを見ていない。だから知らない。

 しかしそれはおかしい。

 見ていないとおかしいのだ。

 だって――

 

「そんな子いなかったじゃないか」

「いたよ。ほら。だって、私は会ったもん」

「……いつ?」

「あぁもう。薫物覚え悪いなー。だからさ、私達が郁也に引っ張られて郁也の家に行ったすぐ後(、、、、、、、、、、、、、、、、、)にだよー」

 

 まーだ思い出せないのー? とでも言いたげに呆れ顔で薫を見る華奈。

 だが、むしろその言葉に薫は固まった。

 そして固まった唇だけを動かし、問う。

 

「お前……待て。俺達が、どうやってここに来たって?」

「だーかーらー、この丘から郁也に引っ張られて一直線――……え、あれ?」

「華奈、お前。……覚えてるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です

 いやーコメディ路線強めですね。

 初めから狙っていたので問題無いですけれど(マテ

 というかあれです。

 薫と華奈をくっ付けたのは勢い(ナニ

 

 まぁとりあえず、これで薫や華奈と向こうの世界が繋がる伏線の出来上がりです。

 ここからどうやって繋がるのかな、って感じですが、まぁそこはお楽しみ。

 

 ……しかし、本編とかなり違う出来になっていくなぁ。

 まぁ、いいですけどね?

 だって前の文作力が危なかったので、今で少しでもマシなのにしようと思ったらこうなっちゃうもので(ぇ

 ま、そんなことはさて置き。

 

 とりあえずはまた次回からは視点が転々とします。

 どういう話になるかは、まぁ今回は秘密。

 いえ忌みはありませんが(ナニ

 

 お楽しみにー。




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