「RPGをやると、まずこういう展開はお約束なんだ」
「何ですか? それ」
「いやまぁ、気にしないでいいけど」
この世界の住民に、向こうの世界の物のことを説明しても意味が無い。
というかまず理解出来ないだろう。
が、今はそれでいい。
今にとって重要なのは、とりあえずこの状況を何とか把握して打開することであって、決して無駄な議論ではない。
「まぁぶっちゃけ、現実逃避」
「分かってるんですね、一応」
「いやまぁ……さっきに引き続きだけどしたくなるぞ? これは」
はぁ、と深いため息を吐いて、しかし現実に戻るべくウィンへ向けていた視線を前へと。
そして、再度それを見てはまたため息。
「これは、反則だろ」
「生物の存在に反則も何も無いと思います」
「そんな突っ込みはほしくない」
今欲しいのは、この場でも切り抜けられるという安心感だけである。
だがそんなものが無いからこそ、彼はそれを見て然るべき反応を見せていた。
その、正面にいる、建物の中から現れた有り得ない大きさのギルディスに対して。
Chapter14 殲滅作戦(V)
その姿形は大型の獅子を連想すればいいのだろう。
少なくとも他にいい例は考えつかない。
「これを倒せ、と?」
「そういうことですね」
「ちなみに援軍は?」
せめてそれだけでも来てくれれば、自分が今抱いている感情もどうにかなる。
いくら相手が大きくても、多人数で掛かれば善戦することだって可能だろう。
故に、郁也はウィンが返した言葉に目を点にした。
「……来ないと思います」
「……は?」
ついでに言えば、惚けたような声も出した。
「私ってこんな能力ですから。下手すれば、周りも巻き込みかねないんです」
もの凄い納得できる理由だった。
むしろ、そう分かっているのにどうしてさっきはあんな真似をしたのだろうか。
下手すれば、自分が巻きこまれていたというに。
「いえ、郁也さん一人だけならちゃんと狙って当てないように出来ますから」
「そう言う問題じゃないよな?」
問題はその能力で巻き込んでしまうことがあるという事実で、それを操作できるかどうかではない。
「まぁ、そんな理由で、さっき私があそこまで派手にやってしまいましたから、多分皆こっちは危険だって思って来ないと思うんです。
どうも皆は私は一人でも負けないって思ってる節があるみたいですから」
「うん、最後あたりは激しく同感だ」
でもその自覚が無いのは納得がいかない。
今になっても、ウィン一人いれば自分なんて必要無いのでは? と思うことは郁也とて変わらないのだ。
「つまりは、このギルディスは私達だけで倒さなきゃいけないんですね」
「お前……帰ったら覚悟しとけよ? 絶対に」
ゲンコツ一発では済まさない。
済ますつもりは無かった。
いくら幼い少女でも相手はウィンだ。
それだけでは多分意味が無いと思ってのことだった。
「でしたら、結局は勝たないと駄目ですよね」
「……簀巻きにして沈めたろか」
結構怖いことを本気で考える郁也であった。
しかし、
「やれるものならどうぞー」
などと言いながらそのギルディスへ突撃したウィンを見て、返り討ちにされるんじゃね? 何てとっても有り得てしまいそうなことも考えてしまい、やっぱりやめようかな、なんてすぐに思ったとか。
「くそぅ……」
その辺りは実力の差。
どうしようもないその差をはっきりと感じつつ、郁也もストレイドを鞘から抜いて駆け出した。
そのギルディスの一撃はあっさりと大地を砕き、盾に使った壁なんて紙のように軽く貫通するようなものだった。
分類としてはその一撃は単なる蹴りに入るのだろうが、それでもそんな威力を持っていれば大砲並みの凶器である。
ぶっちゃけ、恐ろしいの何の髪の毛が数本千切れた時には戦慄を禁じえない。
『なぁ、ウィン。今更なんだけどギルディスって何なんだ?』
現在、ウィンと郁也の位置はそれぞれギルディスを挟んで逆サイドにいた。
故に声は届かず、郁也はウィンがその言葉を捉えてくれると信じ、念話に託す。
『詳しい理由は分かっていません。この世界の歪みが生み出した『在らざる者』。過去に封印された『悪しき者』。遥か過去から戦ってきている『忌むべき者』。その説は沢山あるんですよ』
そしてそれはウィンに届いたらしい。
攻撃を警戒しながらもしっかりと返答を返してくるウィン。
郁也もまたギルディスの攻撃を警戒しながら、帰ってきたその言葉に不思議なことを思う。
『そんなに昔から、ギルディスはいるのか?』
『はい。少なくとも百年、そう過去の文献から分かっているんです』
『だったら、なおさらおかしいだろ。そんなに時間が経って、何で今になって俺が連れられて来たんだ? もっと過去にだって素質がある奴がいてもおかしくないだろ』
『当然そういう人もいました。ですけれど、上手くはいかなかったそうです』
『……負けた、ってことか?』
『そうなりますね』
当然、その言葉はこの世界での死を意味する。
しかしそうなれば尚更不思議になってくる。
それではまるで繰り返しなのだ。
全く同じことの、半永久的な繰り返し。
そのやり方を変えること無く今に至ったのだとすれば、やはりおかしい。
時間が無いわけではないのだから、何か別の打開策を考え付いてもおかしくは無いはずなのに。
『郁也さんッ!』
いざそれをウィンに問おうとしたその時だ。
ウィンの声で意識を戻し、正面からこちらへ突進してきたギルディスの姿を捉えた。
「ストレイド、足場をッ!」
≪Hardness down≫
咄嗟の判断。
ストレイドを地面に突き刺した郁也はその硬度を下げ、自分の正面の地面の硬度を下げた。
だが、それだけではまだ足りない。
あの巨体ならば地面が崩れてもこちらに攻撃が届いてしまう。
「んで持って服ッ!」
≪Hardness up≫
故に郁也は連続でストレイドの能力を発動させた。
地面の次は服を強化し、そして後ろへと跳ぶ。
その瞬間、ギルディスは崩れた足場へとその身を落とし、それでも郁也を攻撃しようと足を伸ばしてくる。
そしてやはりそれは郁也に届いてしまうが、後ろへ跳んだこと。そして服を強化したことで、その身に直接のダメージは伝わらず、郁也の体は数歩先へと吹き飛ばされるに済んだ。
「あっぶね……」
『話してるときでも気は抜いちゃ駄目ですよ』
『そうだな、悪い』
色々と訊くのは後だ。
今は今の問題を解決しなければいけない。
――さて……どうするか
服の硬度を戻しながら郁也は考える。
先程から分かるように、このギルディスの攻撃は一撃食らえばまず間違い無く終わってしまう威力だ。
だとすればやはりそれを一撃も受けることなく倒すのがベストなのであろうが、戦いとはそんなに甘くない。
そんな無傷で終われる戦いなど、今の郁也の力量でありえるはずも無いのだ。
『ウィン、お前の能力で何とかできないか?』
『……出来ないってことはないですけれど、この大きさのギルディスが相手だとそれなりの規模の事象を起こさないといけませんし……。郁也さんを巻き込まない保証がさすがに出来ませんよ?』
『例えば?』
『大規模な地割れとか、爆発とかです』
とても遠慮願いたいことだ。それは。
巻き込む確立は非常に高いではないか。
『別の方法考えるか……』
八方塞だった。
一撃食らってしまえばまずアウト。かといって無傷で終わらせるのはまず無理だ。
しかしウィンの能力も相手の大きさの関係で頼りに出来るとは言い難い。
とすれば、どうすればいいと言うのか。
『そうですね……。郁也さん、あのギルディスを見て何か分かりませんか?』
『何か、って、何だ?』
『何でもいいです。癖や、何処か体の部分を庇いながら戦っているとか、とにかく戦闘で役に立ちそうなことなら何でも』
『……んなこと言っても――』
そんなもの、例え郁也だって簡単に見つけられるはずは――
『……あった』
とっても簡単に見つかった。
いや。
それは見つかったと言うよりは、
このギルディスは、何度も言うようにかなり大きい。
つまりはその重量もかなりあるということになる。
それはとても簡単な問題だ。
大きな重量を持つ物体を支えるためには、それに耐え得る支えが必要なのである。
人にだってそれは当てはまる。
体を支えるためには、しっかりとした足が必要。それが怪我などで動かなくなってしまえば、体を支えることが難しくなり、松葉杖などに頼らざるを得なくなってしまうのだ。
つまり。
その支えを無くしてしまえばいい。
このギルディスの巨体を支える、あの脚を使えなくしてしまえばいいのだ。
『
『はい。バッチリです』
『なら、行くぞ!』
『はい!』
ギルディスから見れば無言の意思疎通。
だが実際にはちゃんと言葉を用いたそれを交わした二人は、互いに頷きあった後で同時に駆け出した。
郁也は左前足を、ウィンは右後足を、それぞれ攻撃に掛かる。
だがしかし、二人の動きはただ正面に見える脚へと切りかかっただけ。
それは誰から見ても変わりはしない。
つまりギルディスから見ればその動きは自分の攻撃が当てやすくなるだけ。
そう、この脚を振り上げるだけで、この二人はいとも簡単に吹き飛ぶはずなのだ。
だからギルディスは本能がままに脚を振り上げた。
しかし、その『はず』は大きく外れた形となって現れた。
「おぉぉぉぉッ!」
「やぁぁぁぁッ!」
二人の咆哮が響いたのだ。
それも、
だがギルディスはそんなことは気にも止めず、ただ力いっぱい脚を蹴り上げ――幻影を消し去り、虚空を掻いた。
そしてそれと同時。
突如何もない虚空より二人は現れ、次の瞬間にはギルディスの
そう。
初めの攻撃はウィンが生み出した、幻影を用いたフェイクだ。
実際は自分達はその姿を消し、今のように隙を誘ったのである。
まぁそんな戦略の云々はさて置き。
地面を揺らし、ギルディスの巨体が地面へ沈む。
このタイミングを逃しては意味が無いのだ。
「ウィン!」
「分かってますッ!」
最後はやっぱりウィン頼みになるんだな、なんて思いつつも、まぁ仕方無いだろうと自分で納得。
ここまでは出来ても、この先。
つまり、こんな大きなギルディスを仕留める術を自分は持っていないのだ。
それはウィンとて承知済みだ。
故に今ばかりはいつものように郁也に任せようとすることはせず、ウィンは素早くギルディスから離れると代わりに手を向ける。
そして郁也も同様にギルディスから離れたのを確認して、
「【刃よ】!」
能力を発動。
中空に、幾十本はあろうかという剥き出しの刃を創りだした。
「待て、お前それはさすがに俺に当た――」
一体全体ウィンが何を言ったのかはやはり分からなかったけれども、ただ何をしようとしたかは察した郁也がそう制止の手を伸ばそうとするが――
「せいっ!」
「だから人の話は最後までーっ!」
郁也の制止も空しく。
その全ての刃は、容赦なく降り注ぎギルディスの身体を貫いた。
そしてほぼそれと同時。
ギルディスの残存勢力の殲滅を確認したと、街の一角から赤い信号弾が打ち上げられた。
ミッションコンプリート。
つまり、作戦成功である。
「……何で俺、味方に殺されかけたんだ?」
ただ一人。
ウィンが生み出した刃を間一髪で避けた郁也は、身震いをしながら呟いていた。
「お疲れ様です、郁也さん」
「あぁ、そっちもな」
瓦礫に腰を下ろした二人の手には缶詰の携帯食料と飲み物。
予め用意されていたところを見ると、作戦終了時にはこうやって休憩を取るのが基本なのかも知れない。
もしくは、万が一のための命綱という可能性も捨てられないが、多分彼女等に限ってそんなことは無いだろう。
「戦ってる時は結構苦労するけどさ、終わってみると呆気ないものなんだな」
「というか、戦ってる時がハード過ぎて逆にそう思えるだけなんじゃないでしょうか」
「それも一理あるかもな」
郁也としては、それ以上に達成感とかのせいだと思っていたりする。
いやまぁ、自分自身なんでなのかよく分からない以上どうなのかは分からないのだけど。
「でも、郁也さん大活躍でしたね」
「そうか?」
「謙遜しなくてもいいですよ?」
「……」
謙遜とかじゃなくて、いい所は全てウィンに持っていかれた気がするだけなのだが。
それをこの少女はとてもいい笑顔で訊いてくるものだから、こっちとしては返答に困ると言うもの。
まぁ、とりあえず曖昧でも頷いておくに留めるのだけど。
「こんな調子で頑張ってるぞ、俺は」
「? 誰に言ってるんですか?」
「……向こうの友達にな」
「伝わるんですか?」
「んなわけ無いだろうけれど……まぁ、その辺りは気分だ。壊すな」
「そうですか」
でしたら何もいいませんよ、という感じにウィンは飲み物を口に含んだ。
そんなウィンを横目に、郁也は空を見上げた。
いや、空の向こうにもとの世界が広がっているとは思えないのだけど、そこもやっぱり気分。インスピレーション。
――多分、今でもあいつ等馬鹿やってるんだろうなぁ。
でまぁ、こういう予想は基本外れることのない郁也。
その予想は当たり前の如く大当たりするわけで。
とりあえず、彼女等は今でもしっかりとエンジョイしています。
あとがき
どうも、昴 遼です。
さて、やっと殲滅作戦も終了ですねー。
いやー、終わりが見えません(マテ
一体原作の何倍になることか、不安で仕方がありません。
まぁ、考えても仕方ないですけれど。
とりあえず今回は郁也はあまり活躍してませんね。
メインはウィンですいい所取りです。
前回もいい所はウィンでしたが、まぁ気にしないでください。
郁也も実力がついてこればきっと!
……ま、もっと先ですけれど(ぁ
さて、とりあえず次回は久しぶりに薫達に視点を戻します。
んでもって、こっちの世界と向こうの世界を繋げる伏線も書いておきたいなーと思っているので、お楽しみに。
……あぁもちろん、最後に書いてある通りいきなりエンジョイした場面から始まりますので(ぇ
でわー。