「そう言うわけで、今日は休みなんだよ」

「その言葉で俺に何を理解しろと?」

 

 朝っぱらからそんな意思疎通を求められた。

 多分今のでその言葉の意味を理解できる者がいるとすれば、彼女の母親である麻子か里奈達ぐらいだろう。

 故に残念ながら、まだそのスキルを身に付けていない隼人には無理。

 しかも、現状は隼人がベッドの上、春名は扉を挟んで廊下なのだ。

 何故に扉越しにそんな言葉が出るのかが素晴らしく謎なのだが、細かいことは気にしないと昨日決めたばかりなのでそれはスルー。

 

「ほら、家族としてはこれぐらいしてもらいたいなって」

「せめてもう少し時間的余裕を俺に与えようとは思わないのかお前は?」

「だって早めにそういうことが出来るようになった方が会話は楽になるよ?」

「だろうな」

 

 だが反対にそれが出来ないと会話を難航させるだけなのだが、それにこの少女は気付いているのだろうか。

 ――うん、きっと気付いてない。

 考えて数秒で出た結論であった。

 

「では、用件をどうぞ姫」

「あ、うん。今日は学園が創立記念日なんだよ。だからお休み。隼人君が着替えないうちに言おうと思って」

「……そういう心遣いは嬉しいんだけどな? 一体お前は、昨日の暇な時間を何だと思ってるんだ」

「忘れちゃってたんだよねぇ」

「……」

 

 そういう重要なことは、頼むから事前に連絡してほしいものである。

 何故なら、ここで忘れてはならないことが一つあるからだ。

 

「だけどな、春名」

「うん? どしたの?」

「俺は一時間以上前に起きて、もうとっくに着替えてるんだ」

 

 既に朝のジョギングなんぞも済ませてきた隼人。

 そんな彼は十分以上も前に着替えなんぞ済ませているのである。

 

「まぁ、別に着替えるぐらいはいいんだけどさ、」

 

 ちょっと気になってたんだけど、と隼人は話題を変えることにする。

 別にどうということはないのに、これいじょう話題にされるとなんだか腹が立つのは秘密。

 

「お前さ、部屋に入って話そうとは思わないのか? 初めの会話なんか、そのせいで余計にわけが分からんかったんだけど」

「あー、それはさ、ほら。ちゃんと理由があるし?」

「いや、何だよ部屋に入れない理由って」

「だからそのね? あれですよ」

 

 あははー、とまるで悪気も何も無い純粋な笑い声の後、

 

「私、まだ着替え中」

「頼むから何日と建たないうちに同じ話題で突っ込ませないでくれよ」

 

 既に叫ぶことすら嫌になった隼人の冷静な突っ込みが静かに響いた。

 

 

 

 第七話 創立記念日、遊園地 〜前編〜

 

 

 

「というか、麻子さんも知ってたでしょ絶対」

「あら? 何の話かしら?」

「騙されませんよ? 嘘を見破るのは両親のおかげでかなりのレベルですからね、俺」

 

 あの二人は基本ストレートではあるのだが、いざ嘘を付くこととなると多分一級。

 もとの街にいた誰もがそれを見破れないぐらいなのだから、それが如何なるものなのかは推して知るべきだろう。

 自分の両親のせいでそんなレベルが上がるということに嬉しく思える要素は一つも無いのだが、それでも地味に日常生活で役立ってしまっているために心境は微妙なところな隼人である。

 

「ふふ、ごめんなさいね。何だか隼人さんが学園に行くの楽しみにしてるように見えて、教えた方がいいのか迷っちゃって」

「あー、そう見えます?」

「えぇ、とても」

 

 にっこりと笑顔を浮かべる麻子に、今度は嘘を付いている様子は無い。

 となれば、本当にそう見えるらしい自分。

 

「我ながら現金」

 

 別に勉学が好きというわけでもないのに一つ楽しいことが出来れば何よりもそっちをメインに考えてしまうのは悪い癖か考えなのかもしれない。

 もちろん楽しいことと言うのは、今までの生活と変わらないような騒がしさだ。

 新しいクラスメートと話すことや一緒に馬鹿をやること。

 どうやら、自分は根っからそういうことが好きらしい。

 

「そんな隼人さんに、はい。プレゼントですよ」

「は?」

 

 故に学園が休みであることに内心落ち込んでいた隼人の目の前に、すっと差し出される三枚のチケット。

 半ば条件反射でそれを受け取った隼人は、それに目を落として苦笑した。

 

「麻子さん……手の回し早くないですか?」

「偶然ですよ。昨日商店街の福引で貰ったんです」

 

 どう考えても狙ってるとしか思えない。

 いやそもそも福引で商品を狙えるはずは無いが……。

 それに、麻子が嘘をついている様子も無いので本当に偶然としか言い様が無いのだが。

 

「……ありがたく頂戴します」

「楽しんできてくださいね」

 

 にこりと微笑みを崩さない麻子。

 そんな麻子を見て、隼人は考えることをやめて素直に三枚の――それ。

 遊園地の無料招待券を頂いたのだった。

 

 ちなみに、一枚三人まで。

 

 

 

「と言うわけで、皆に集まってもらったんだよ」

「それは、何処か出かけるってことでいいの?」

 

 やはり彼女等、意思疎通はお手の物らしい。

 別段迷う様子も無く問いを返した里奈に帰ってくる春名の頷き。

 現在、羽水家には計八人の学生がいた。

 隼人と春名は当たり前として、里奈達といった今現在もっとも交流が深いであろう六人だ。

 

「お母さんがね、遊園地の無料招待券を貰ってきたんだ。だから、一緒にどうかなーって」

「遊園地って、この間オープンしたところですか?」

「うんそう。大きい観覧車があるんだよー」

「確か絶叫系が豊富だった気もするけど?」

「観覧車乗りたいなー」

 

 春の突っ込みを、春名は涼しい顔でスルー

 それだけで一体どういうわけなのかを察せてしまう辺り、彼女は分かりやすい。

 

「絶叫系は駄目なわけね、お前」

「ちなみに一番苦手なのはホラー系だよ。ぶっちゃけお化け屋敷」

「里奈ー、ぺらぺらと人の弱点話さない方がいいかも? いいかもよー」

「ぐぇっ! ちょ、ちょ。待ってもうシメられてる!? ぎ、ぎぶーっ!?」

 

 ご愁傷様。

 

 里奈を自ら助けようなどという変わり者はその場にいるはずも無く、残る六人は二人のじゃれあいを横目に話を進める。

 

「まぁ、皆集まったってことは暇なんだろ? だったら行くことは半ば決定だろ」

「そうね。私達も何しようか迷ってたところだったから丁度いいわ」

「どうせ行くんでしたら、開園から行きたいですよね」

「同感。誰か今の時間分かる?」

「あー、九時十分。そこに時計置いてあるだろ」

「大体遊園地まで自転車使えば二十分ぐらいだから、半になったら出るか。十時開園だろ?」

「そうだね。それが一番いいかな」

 

 そんな感じに決定した突然な遊園地プラン。

 遊園地なんて一体いつ以来だろう。

 おそらく誰もがそんなことを胸に思っている時、

 

「だ、誰かーっ。へるぷ、みーっ!」

 

 哀れな少女の悲鳴が、一つ響き渡った。

 

 

 

 外に出たところで、隼人少年は結構重大なことに気がついた。

 

「俺、自転車なんて持ってないぞ」

 

 向こうの街にいる時は当然あった。

 だから、こちらの街でもあると勘違いをしてしまっていたのだ。

 

「……あなたね、そういう重要なことはもっと早く気がつきなさいよ」

「いや仕方ないだろ。正直まだ引っ越してきたって実感すらないんだから」

 

 それも前の街のように騒ぐ分、尚更に。

 

「でも困ったねぇ。あと三十分、歩いても走っても間に合わないと思うよ?」

「まぁ、隼人が三十分走りつづけられるって言うなら話は別だけど」

 

 さすがにそれは無理である。

 というか仮に出来たとしてもそんな無茶はしたくない。

 

「二人乗りでもすればいいんじゃないですか? 坂とかあまりありませんし」

「それしかないわね……。隼人君、どうする?」

「どうするも何も、他に手が無いなら仕方ないだろ」

「じゃあ隼人君。私の自転車使う? 私が後ろに乗るからさ。多分それが一番速いと思うよ」

「春名、何? それは自分が一番軽いですって私には聞こえるんだけどな?」

「にへらー」

「何? 何その勝ち誇った笑み。ねぇ何?」

「少なくとも里奈には勝ってるんだよ? ほら、この間あった身体検査で――」

 ぶっ、と噴出した。里奈が。

 出来れば触れてほしくない事柄でもあったのだろう。

 いやまぁ、女性であれば誰もが当たり前のことだが。

「乙女の秘密をあんたいつの間にッ!」

「訊きたい? 訊きたい」

「……絶対に嫌」

 

 訊いたら負け。もしくは訊いたらきっと後悔すると判断したらしい。

 がっくりと項垂れながらもしっかりとお断りしていた。

 まぁ、いつもの里奈の行動を見ていれば自業自得の一言で解決してしまうのだが。

 

「ちなみに、里奈の体重は?」

「えっとね――」

「訊くなお馬鹿ッ!」

 

 訊かれてはならない秘密を守るべく、里奈の拳が空気を穿った。

 ……そう、あくまで空気だけ。

 

「危ないからな、お前」

「あっさり避けた奴が言う台詞かぁぁッ!」

 

 再度繰り出される里奈の拳。

 しかし、武術の心得のある隼人にそれは当たるはずは無かった。

 

「ほらそこー。馬鹿やってないで行くぞ」

「そうだよ里奈。急がないと本当にばらすよ?」

「あんた等タチ悪すぎるよぉッ!!」

 

 お前が言うか? と、その場の誰もが同じ思いを胸に抱くのだった。

 

 

 

「開園まであと五分かぁ」

 

 腕時計に目を落としつつ、里奈。

 おそらくこの中で一番楽しみを隠し切れいないのは彼女で、先程から一分間隔があるかないかのペースで腕時計を覗き込んでいる。

 少しは落ち着けと。

 

 しかし、そんな里奈を他所に残る皆の意識は別の方向へと向いていた。

 

「あと五分、か」

「短いね」

「あぁ、だな」

 

 ふぅ、と皆の口からはため息が漏れる。

 まぁそれもそのはずだ。

 

「あと五分でこいつに諦めをつけさせる……か」

 

 その視線の先には、絶対に絶叫系には乗らないと意固地になりこちらを睨んでいる春名がいるのだから。

 

「無理よね」

「無理だな」

「無理ですね」

「何で私が悪者扱いなんだよーっ!」

 

 うがー、と少女は叫ぶ。

 まぁここへ来たときから大体こんな感じ。

 

『私は観覧車とかでも楽しんでようかな』

 

 なんて発言したのが失敗。

 さっさと開園と同時に合流場所を決めて好きなところへ行ってしまえばよかったのだろう。

 

『何言ってるんだよ。春名も一緒に回るに決まってるだろ?』

 

 でなければ、決してそんな言葉を聞くことは無かっただろうに。

 まぁ理不尽と言えば理不尽だが、こうなるであろうことを予想せずここまで来た春名も充分悪いのでおあいこ。

 

「残り二分ー」

 

 嬉々と里奈はいい、そしてそれは残る皆に哀愁を運ぶ。

 しかし今だ頑として春名は納得しようとはしない。

 この少女、こういう時にはどうでもいいぐらい強情なんだということを知った。

 

 故に、少年は武力行使という名の説得に出た。

 

「よいしょ、と」

 

 まぁ、ぶっちゃるとけ実力行使。

 

「ひぁ?」

「ん、本当に軽いな」

 

 ひょい、なんて擬音がぴったりなぐらい簡単に脇に春名を抱えてしまう隼人。

 まぁ、それがいきなりすぎて春名も抵抗が無いもので隼人からすれば本当に簡単なことなのだが。

 

「うわー……春名が誘拐されてるみたい」

「……里奈? そう思うなら助けて?」

「えー、面白いから却下」

「隼人君、離して。女にはどうしても戦いを挑まないといけない時があるんだよ」

「里奈の味方ってわけじゃないんだけど、今は却下。諦めやがれ」

「うぅ、身長一つ分の距離が恨めしいよぅ」

 

 今更じたばたと抵抗を見せる春名なのだが、既に抱えられているのであんまり意味は無い。

 むしろスカートが捲れますよ娘っ子?

 

「減るものじゃないもん!」

「お前って時々女子としての自覚とか消えるよな?」

 

 どちらかと言うとある種の天然であるという要素の方が大きいのかもしれない。

 いやまぁ、それでも羞恥心と言うものぐらいはあってもいいと思うのだが如何だろうか?

 

「道行く人とかお構い無しだね、春名って」

「里奈。あなたもいい加減にしないと春名は何するか分からな――」

 

「てぇい」

「へぶっ!」

 

 遅かったらしい。

 春名は抱えられた体制のまま何かを投擲した形で止まっていて。

 地面へ見事に倒れた里奈の横には春名のポシェットが転がっている。

 

 ポシェットの用途が明らかに違う気がした。

 

「……まぁ、よく春名もその体勢から投げれるよね。しかも命中」

「多分、どうでもいい技だと思いますけれど」

「スリ撃退とかに使えそうだよな。遠距離射撃で」

「春名の性格の場合、跳び蹴りでもいける気がするわ」

 

「無駄話はあとにしよーよー。ほら、もう開くよ?」

「……お前の復活の速度について問い詰めたいんだが、俺は」

「それも無駄話。その内ねー」

 

 だったらいつか話してくれるのだろうか。

 生物学とか簡単に覆しそうな里奈の体の構造について。

 ……きっと、想像を絶する形になっているに違いない。

 

「隼人君? 余計なこと考えると身を滅ぼすよ?」

「あははー、里奈。それは人のこと言えるのかな? ねぇ?」

「……ゴメンナサイ春名さん。だから掌に私の体重書きながら寄ってくる斬新過ぎる脅迫はやめて?」

「だったら言うよー。里奈はよんじゅ――むぐ」

「乙女の秘密、絶対死守っ!」

 

 とりあえず十の位の値は確認。

 詳しい値はまた今度、家にいるときに訊いてみるとしよう。

 

「はいはい、とりあえず行くわよ」

「団体様ご一行、ご案内ー」

 

 そうして、無料招待券三枚を手におかしな八人は行く。

 

 

 

「……あぁ! 逃げ損ねた!?」

 

 春名がやっと叫んだのは、既に皆がジェットコースターの乗り口へ着いてからだった。

 何故そこまで気が付かなかったのかと言うと、それはこのグループに一人いる策士のせいである。

 

「和谷屋、ナイス」

「この程度なら朝飯前だ。任せとけ」

 

 そして皆はイエーイ、と手を合わせる。

 話術でここまで春名の気を引いていた和谷屋の能力は本当に凄いと思う瞬間だろう。

 

「ここまで来たんだしさ。諦めなよ、春名」

「ちゃんと春名の乗りたいのにも乗ってあげますから」

「そうそう。それに、平日だし混んでるわけでもないから乗り放題だしな」

「最後のは慰め!?」

「ううん嫌がらせ」

「いやぁーっ!」

 

 嫌がる春名の両腕を引っ掴み、隼人と里奈は嬉々と行く。

 その後ろを皆は楽しげに行く。

 ただ一人、乗り物フリーパスポートを確認しながらも苦笑せざるを得ない係員を脇目に。

 

「隼人君と春名が先頭乗る? 春名の暴走も隼人君なら抑えられるでしょ」

「だな。まぁ、この状態で抵抗も何も無いだろうけど」

「……これはイジメってやつじゃないのかな? ううん、少なくとも私はそう思う」

「親友同士のコミュニケーション」

「言い切った!?」

 

 叫ぶが動かない。

 とりあえず本当に暴走の恐れは無さそうである。

 

 まぁ、安全バーは既に下ろされているので抵抗も何も無いだろうが。

 人一人の命を守るこの設備は偉大である。

 

 もちろん、春名が先頭に座らされたのは嫌がらせである。

 そんな感じで、とりあえずひたすら騒ぎつづける春名は気にせず皆も座席へと腰を下ろすのだった。

 

『それでは発進しますので、皆さんしっかりと安全バーを持ってください』

「いやぁーっ!」

『お客様、持たないと余計怖いですよ?』

 

 先程に苦笑した係員はなかなかノリがいいようである。

 そして無情にもジェットコースターは発進した。

 

 直後、係員のいい笑顔が見えた気がした。

 

『それでは皆さん、お楽しみください』

 

 多分、いや絶対気のせいじゃない。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 いやはや、以外にも長くなってしまったので突如の二編わけ。

 

 でもまぁ、ぶっちゃけメインが遊園地ではなくそこへ至るまでの道のりってどうなんでしょうね?

 まー、気にしたら負けなんでしょうけれど(ぇ

 

 とにかく、次回はちゃんとメインを遊園地に書きます。

 もちろん某少女も登場予定!

 その辺りは原作が基本ですからねー。

 ……まー、今まで以上に騒がしくなると思いますがね(マテ

 

 では、また次回お会いしましょう。




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