世の中で平穏に暮らせている人は、世界人口の何割ぐらいなんだろうか。

 そんな哲学的な考えを抱きつつ、少なくともその枠からは外れているであろう自分の人生を振り返りつつ隼人は呟いた。

 

「何でこう、俺の周りにはこんな奴等ばかりなんだ」

 

 まぁ楽しいことには変わりは無いのだが、たまには安らぎだってほしい。

 一時でいいから平穏がほしい。

 

 そんな、明らかに高校生の考えることではないことを隼人は考えるのだった。

 

 

 

 第六話 喫茶店、歓迎会

 

 

 

 隼人が和谷屋に連れられ来たのは、学園からそう大して離れていない、一つの喫茶店だった。

 何でも、クラスメートの両親がごく最近オープンしたばかりの店らしい。

 で、何故そんな所に連れてこられたのかと言えば、

 

「んじゃまぁ、隼人君が来たことを祝ってー」

「「「乾杯ー」」」

 

 と、言うことである。

 わざわざ壁に掛けられたそれを見れば、もう何をやっているのかは一目瞭然だろう。

 そしてそれには、こう書かれている。

 『隼人君歓迎会』、と。

 

 これは後に知ったのだが、和谷屋のあの学園での偶然を装った振る舞い。

 あれはどう見たって素であるように見えたのだが、実は違ったらしい。

 何でもこの少年、人を嵌めるのがとことん上手いらしく、時によっては教師までをも嵌める破天荒らしいのだ。

 で、今回はすっかりそれに嵌められた、ということになるのだろう。

 

 さて。ここからは一番最初の隼人の言葉に戻る。

「賑やかなのが私達のクラスの自慢なんだけど? それとも、隼人君ってこういうの苦手とか?」

「いや、むしろ楽しいのは好きなんだけど、ただ俺の転入してくる前にいた街でよく一緒に集まる奴等がいたんだけど、そいつ等もこういうことが大好きだったんだ」

「あー、だったら私達、その人達と結構息合うかもねぇ」

「だろうな」

 

 それはこの街へ来て、深く感じた。

 初対面から一緒に騒ぐことだってきっと可能だろう。

 

「でも、世の中って結構広いのね。私達みたいに騒ぐ人達なんてほとんどいないと思ってたわ」

「そりゃこっちの台詞だ。俺はむしろ、あいつらだけが例外だと思ってた」

 

 世の中とは本当に広いらしい。

 まさか転入先で同じ類の奴等に、しかも同じクラスになるなんて誰が思うだろうか。

 普通、思わない。

 

「人生って不思議だよな」

「高校生らしくないよ隼人君」

 

 故に隼人は人生の全てを悟りきったかのような台詞を吐いた。

 

 

 

「じゃー、うん。何やろっか?」

 

 歓迎会は、開始三十分でそんな展開を迎えていた。

 

「ちょっと待て」

「うん? どしたの?」

 

 隼人の呆れ声に、先ほどの発言をした里奈が応える。

 

「何だ、その無計画さは」

「む、その発言はちょっと里奈さん納得できないなぁ。まるで私が何も考えず行動してるみたいに聞こえるよ?」

「むしろその通り――むぐっ」

 

 言葉を続けようとした隼人の口を、何故か春名が慌てて塞いだ。

 何かと隼人がそのまま振り返ってみれば、美衣を初めとしたほぼ全員が、隼人に見えて里奈には見えないという絶妙な角度で口に人差し指を当てていた。

 つまり、『それ以上言うな』のサインだ。

 

「里奈も一応計画を考えてきたんだけど、それは私達が却下したんだよ」

 

 唯一両手が塞がってそのサインが出来ない春名が、隼人の耳元でそれを囁いた。

 

「……なんだ。それぐらい駄目な計画だったのか」

「……むしろその逆。色んなことが起こるのを完全に考えて、わざわざ計画を練ってきたの」

「……触らぬ神に祟り無し?」

「……イエスだよ」

 

 どうやら、自分は墓穴を掘るところだったようだった。

 助けてくれた春名達に感謝である。

 

「これでも考えてるんだよ? 例えば、早食いで負けた人がウサ耳を着け――」

「謹んでお断りさせてもらいます」

 

 とりあえず、先ほどの発言を撤回することから始めることにした。

 

「まぁまぁ遠慮せず――」

「心の底から遠慮させてもらいます」

 

 ……ただ、とても一筋縄には行かなさそうだった。

 

 

 

「つか、今更思うんだけどさ。これって俺が来なかったらどうなってたんだ?」

 

 場もやっと落ち着いた五時過ぎ。

 ふとそんな疑問を抱いた隼人は、とりあえずそれを口にした。

 

「その確立は低いと思うけれど? そもそも和谷屋の企みに引っかからない人なんかまずいないわよ」

「それは実際引っかかったからわかるけどさ、万が一ってこともあるだろ」

「いやまぁ隼人君、それはあれだよ。最終的には春名に引っ張ってきてもらう予定だったんだ」

 

 ぴっ、と人差し指を立て答えるのは里奈だ。

 

 そして答えると同時、頭に着けたウサ耳が大きく揺れた。

 

「里奈、お前はその格好で喋るな」

「うん。無茶苦茶シュールだと思うな、僕も」

 

 楠原兄弟の言葉攻撃。

 

「うるさいなー。私だって着けたくて着けてるんじゃないんだよーっ」

 

 里奈に精神的ダメージを与えた。

 

 うがー、と両手を上げ言うその姿にはどうにもいまいち迫力が足りない。

 どうやらトラブルメーカーの彼女も、今の姿で何かをする気は起きないらしい。

 

「発案者、お前。大人しく着けとけ」

 

 そう言うのは、里奈との早食い勝負に見事勝利した隼人だ。

 いやまぁ、その勝負をした時点でその前の応酬には敗北しているわけなのだが、その辺りは割愛。

 

「大丈夫だよ、里奈。似合ってるよー」

「そうですよ。今時いませんよ? ウサ耳の似合う女の子なんて」

「何かその発言、私の将来性決め付けられたみたいで嫌だぁッ!」

 

 やはりうがー、と叫ぶが、やはり迫力は無い。

 叫んでから本人もそれを再自覚したようで、両手を下げて席に落ち着く。

 自分で言い出した手前、そう簡単に取るわけにもいかないのだろう。

 

「つか、今の性格でも充分将来性が決まってるようなものだから安心しろ」

「むしろ不安だよぉ」

「そう思うんだったら直しなよ、その性格」

「それは無理」

 

 即答で言い切る辺り、先の言葉を撤回する権利は無いと思う。

 

「いいもん、だったらこの姿じゃないと出来ないことをするまでだからねっ」

 

 前言撤回。

 この少女は、どうやら如何なる状況でもトラブルメーカーとして生きていくらしい。

 

「やれるものならやってみろ」

 

 そう笑いながら言ったのは和谷屋だ。

 

「ここで彼は気付いてなかった。それが自身の不幸を招くことに」

「そこ、変なナレーション入れるんじゃねぇ」

 

 いやまぁ、どの道それは本当のこととなるわけなのだが。

 

 和谷屋の発言で標的をその和谷屋に絞ったらしい里奈が、ウサ耳装着のままとってもいい笑顔を浮かべる。

 多分、彼女を知らない人が見れば間違い無く一目惚れしてもいいようなものだ。

 そしてそんないい笑顔のまま里奈は、

 

「大好きだよっ、お兄ちゃんっ♪」

 

 里奈とは思えない声で、とても高校生とは思えないことを言い放った。

 しかも同時に和谷屋に抱きついていた。

 もう、羞恥心云々より復讐心が先立っているようである。

 

 で、そんなことをされた和谷屋と言えば。

 

「……ドキッとしてしまった俺は許されるべきデスカ?」

 

 見事に精神を破壊されていた。

 発言はまともに見えないことも無いが、目がやや白目なので駄目。アウト。

 いやまぁ、あんなことを言われれば普通当然の反応と言うべきなのだが――というか、周りでも数人の男子がダウンしているのは何でだろう。

 もしかして里奈って意外と人気が高いのだろうか。

 

「一人一回千円でどうだッ!」

「あなたもう完全に将来性決まってるわよ」

 

 覚めた表情で突っ込む美衣に、里奈が視線を向ける。

 次の標的が決まったようである。

 

 だが、

  

「お姉さまっ!」

「私にそんな属性は無いッ!」

 

 スパーンッ、といい音と共に美衣の右手が閃き、里奈を物理的に沈黙させた。

 あぁ、違う。

 正しくはその手に持たれたステンレス製のトレイが、だ。

 しかしそのいい音にも関わらず、そのトレイに叩いた跡らしきものは無い。

 一体何処から出してどんな角度で叩いたのか疑問に残るのだが、ここは訊かないが吉と隼人は視線を彼女より逸らすことにした。

 

 そして逸らした先。

 あははー、と苦笑を浮かべる春名と目が合い、

 

「触らぬ神に祟り無しってまさにこのことなんだろうな」

「むしろ自業自得だと思うなぁ」

 

 お互いにそう頷きあった。

 

 というか。

 

「どうやって片付けるの? この惨状」

 

 倒れた里奈。

 何かブツブツ言いながら椅子に身を鎮める和谷屋。

 ダウンする数人の男子クラスメート。

 

 それら全てへ向けて放たれた春の言葉は、何かグッとくるものを感じさせた。

 

 しかし、どうやらそれを感じたのはまだ馴染めていない隼人だけで、

 

「まぁ、とりあえず放っておきましょう」

「賛成。起こしたらまたうるさくなると思うよ」

「どうせすぐに起きると思いますけどね」

「今のうちに縛っとくのも手だな」

「里奈ならあっさりと縄抜けぐらいしそうなんだけど」

 

 彼等の反応は実に清々しいものであった。

 

「ん? どうしたの隼人君」

「いや、慣れって凄いなと思って」

 

 突っ込みどころ満載な台詞もきっとその賜物なのだろう。

 むしろ彼等の間ではこれぐらいの台詞が躊躇無く言えるようにならないと、間違いなく会話にはついていけないに違いない。

 

「隼人君もすぐだと思うよ?」

「それに普通に頷けそうな俺は凄いと思わないか?」

 

 こちらもまた、今までの生活の賜物だ。

 馴染むにはまだ時間が掛かるにしろ、既にこの騒がしさには慣れていると思える自分がいるんだから。

 もちろん。その騒動に悪い方向で巻き込まれるのはご免被るが。

 

「ところで里奈を落とした本人に訊くけど、どれぐらいで目覚めると思う」

「結構本気だったから、軽く見積もっても十分ぐらいじゃない?」

 

 ……ここの生活に馴染めば、こんなスキルも手に入るらしい。

 一体何の役に立つのかは全く持って理解できないが。

 というかやっぱり本気か、さっきの。

 だとしたら人一人気絶させる威力なのだから、結構恐ろしい。

 

「じゃあさ、里奈が起きる前に一回片付けようよ」

 

 今この場が落ち着いているからこそ分かるのだが、辺りにはとりあえず色々なものが散らかっていた。

 多分大半が里奈に関係のあるものだろうけど。

 

「そうですね。あんまり散らかしても迷惑だと思いますし」

「だな。貸切にしてもらってるんだからそれぐらいはした方がいいだろ」

 

 彼等もさすがに常識はわきまえているのだろう。

 じゃあ初めよー! という春名の叫び声に、まだ元気のある者からはしっかりと返事が返ってきた。

 

「……ほら、和谷屋もさっさと戻ってきなさい。じゃないと蹴るわよ」

「……」

「仕方ないわね……。せーの、っと」

 

 そして、少年は走馬灯を見たとか。

 

 

 

「う……うぅん? ……何で私地面に転がってるの? 扱い酷くない?」

「もうちょっと当たり所を変えたほうが良かったのかしら」

「延髄辺りでもやったほうが良かったのかもな」

 

 目覚めたトラブルメーカーの反応にもはや呆れを感じるものはいなかった。

 そこにあるのは、もう天国送りした方がよかったと言う後悔だけだ。

 きっと、それが慣れってものなのだ。

 もう突っ込まないことにしたらしい隼人の見解はそれだった。

 

「あとさ、もう一つ訊きたいんだけどいいかな? 皆」

「うん、それで里奈が満足するならいくらでも訊いていいよ?」

「その眩しいまでの笑顔がすっごい腹立つんだけど……何で私後ろ手に縛られてるの? 何、もしかして私このまま拉致される?」

 

 そんなわけはない。

 現在里奈の両手はビニール紐ぐるぐるに縛ってあるのだが、それは保険だ。

 まだ片付けは終わっていなく、終わる前にまた暴れるのを防ぐために事前に手を打ったに過ぎない。

 

「片づけが終わったらちゃんと解きますから、それまで待っててくださいね」

「え、何? 放置プレイ宣言? 私は普通に責めてくれた方が好――」

「春」

 

 夏がそろそろ呆れ顔を浮かべ、現状況でもっとも里奈に近い春へとガムテープを投げた。

 それを受け取る春は素早いこと。それを二十センチほどに千切ると高速の動きで里奈の口へと貼り付けた。

 双子だから成せるナイスなチームワークである。

 ……高速の動きは謎の身体能力の成せる技ではあるが

 

「むー、むー」

 

 そして里奈の力無き抵抗。

 その顔にはどこか諦めの表情が窺える。

 

「あんま抵抗が無いように見える辺り、これももしかして日常茶飯事なのか?」

「うんまぁ、里奈だし」

 

 その言葉はきっと納得するべきなのだろう。

 あるはずも無いのにそんな暗黙の掟があるように思えてならない隼人だった。

 というか、もう里奈がする大半のことには『里奈だから』の理由で納得することが出来るのかもしれない。

 それが例え、世界の理を多少無視していても。

 

「私はそんなトンデモ人間じゃないよー」

「お前、どうやってガムテープ取った。てかそれ以前に地の文に突っ込む時点でそうだから」

 

 とうとう隼人も呆れ顔。

 しかし自分も地の文に関して突っ込んでしまっていることには気がつくことは無かった。

 まぁつまりは、ここにいる全員はトンデモ人間と呼ばれても過言ではないスキルをそれぞれ持っているのである。

 

 

 

「そろそろお開きにしよっか」

「ん、そういやもうそんな時間か」

 

 春名の言葉に皆が思い出したように壁時計へ目をやる。

 その時計は既に八時を過ぎたところを指しており、気付けば外もすっかり夜の闇に包まれていた。

 通行人も、そろそろ会社帰りの人が増えてきた様子。

 

「じゃあ、今日はこの辺りで解散にしようか」

「ちゃんと最後の後片付けしてからね」

「えー、さっきやったじゃん」

「紐解くと同時に暴れまわったどこぞのトラブルメーカーのせいでやり直しなんだ」

 

 ここまで荒れて皿の一枚も割れていないのは奇跡である。

 まぁ、その分色々なものが床や机には散乱しているわけなのだが。

 

「むぅ、納得いかない」

「そりゃこっちの台詞だよ。はい里奈、モップ」

 

 頬を膨らませる里奈に同情する人間は当然いるはずも無く、春は何処から持ってきたのかモップを里奈へパス。

 それをいきなり振り回そうとするのをやんわりと栗原姉妹が妨害し、最後の後片付けが始まった。

 

 

 

「今日は楽しかった?」

 

 こちらは机拭き担当の隼人と春名。

 多分今回一番の功績者――主に里奈の抑制――と、祝われるべき立場ということで、二人には一番楽な役割が回ってきたのだ。

 

「あぁ、楽しめた。何というか、前の街とあんまり変わらない感じだしな」

 

 人数を考えればそれをさらに超越しているのだが、根本は同じなのでそういう評価。

 が、その評価で充分満足だったのだろう春名は笑顔だ。

 

「じゃあ、また時間があったらこういうのやろうかなぁ。皆と相談してさ」

「それはいいけど、さすがに場所が無いだろ。ここは開店したばかりだから客足も少なくてこういうことが出来るだけだろうし」

「そっかぁ。じゃあもう少し人数を減らして、かな」

 

 それなら家に呼べるよー、と笑顔で春名。

 既にやることは前提らしい。

 まぁこちらとしても歓迎なので別に問題は無いのだが。

 

「それにもうすぐ誕生日なんだ。私。それで里奈達も祝ってくれるって言ってるからさ、丁度よくない?」

「そうなのか?」

「うん。丁度二週間後だから、誕生日プレゼント期待してるね?」

「……堂々と請求してくる奴は始めて見た」

 

 あからさまに遠回しに言ってくる奴は前の街にいたものの、これは新しいタイプだ。

 いやまぁ、こうして堂々言われる分何が欲しいのとかは訊きやすいが。

 

「まぁいいけど、何かほしいものあるのか?」

「んー……欲しいものかぁ。お金?」

「帰れ」

 

 誰もそんな現実的な答えを求めてなんかいない。

 求めているのはもう少し女の子としておかしくないような返答だ。

 

「冗談だよ、冗談。私は何でもいいよ? 心さえこもってれば何でも嬉しいよ」

 

 そういう返答もなかなか困るのだが、まぁそういうのならば、と心の中で納得してく。

 

「まぁ、何か考えておくよ」

「うん、楽しみにしておくねー」

 

 笑顔で二人会話を終えたところで、丁度お仕事終了。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さて、今回も里奈の破天荒っぷりが目立つ回になってしまいました。

 こういう暴走キャラは何となく使いやすいんですよねぇ。

 まぁコメディなので、それぐらいは多めに見てください。

 それと、多分皆さん、時々どの発言が誰の物なのかが分からないことがあると思います。

 ですがそれは多分治りません(ぇ

 というのも、この作品はぶっちゃけ文面で楽しんでほしいと思っているものなので、誰が話しているとかはあまり気にしないで読んでほしいと自分は思っています。

 発言もただの文章として捉えてくれれば充分読める作品にはしていくつもりですので、その辺をご了承ください(ぺこり

 

 え? 今更何を言う?

 

 気にしないでください。

 自分も最近ふと思いついたことなので(マテ

 

 まぁ、そんな感じで今後も連載していくので、皆さん飽きずに見守ってくださいな。




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