「や、お二人さん。楽しんでるかい同棲――」
「えいっ」「おりゃっ」
「ぎゃにゅっ!」
朝の挨拶は、そんな凄まじきものから始まった。
第五話 暴走、鬼ごっこ
「くぅ……今日のはモロに入ったなぁ……」
春名と隼人、無駄に息の合ったツープラトンアタックの餌食となった里奈は、その直撃部分を抑えながらぼやく。
「つーか、少しは学べ。昨日も同じことやられただろお前」
「だって楽しいじゃん。人を弄るの。人の不幸は蜜の味ってねー」
最悪だこの女。
というか昨日と同じこといっている。
「いいんだよいいんだよ、隼人。きっと里奈は命が惜しくな――」
「いやいやいや、ちょっとそれは誤解ですよ春名っ!? そうだからその無言の拳を下ろしてください!」
「ヤッチマイナー」
「隼人君もキャラちがーうっ!? てか何故に片言ってうわぁ春名怖いってばぁっ!」
本当、朝から賑やかだった。
いやまぁ、若干一名は朝からハードな体験をする可能性が大だったが。
「皆聞いてよ春名と隼人君が私のことをもうお嫁にいけないぐらい苛めてく――」
「あははー? 里奈、ちょっとお話があるなぁ。こっちに来なさぁい」
「右に同感さぁ諦めろ」
「うわっ! うわわっ! 振り切ったと思ったのに何でもういるのっていうか隼人君の最後の言葉が変だうわあぁぁぁぁ……っ!」
無残にも引きずられていく里奈。
今まで里奈の行動に呆気に取られていたクラスメートだったが、その瞬間には誰もが十字を切ったという。
「……もうお嫁にいけない・・・」
ぐすん、と鼻をすすりながら、里奈は机の上で屍と化していた。
「えー、そこまで残酷なことやってないよー?」
「そうそう。たかがあれぐらいのことで」
と、そんな何事もなかったかのようにいい笑顔を浮かべる二人に、がばぁっ! と里奈は机から起き上がる。
そして、歯をひん剥いた。
「そんな馬鹿なっ!? 二人はあの行為をそんな簡単な言葉で済ますつもりなの!?」
「「うん」」
当然の報いである、と言うように表情一つ変えない二人を見、里奈はがっくりと膝を落とした。
「あぁ天国のお母さんお父さん……娘はこの歳でお嫁にいけない体にされてしまいました辱められてしまいましたっ」
「里奈のご両親は健在だから無視しようね、隼人君」
「事実だとしても無視するから大丈夫」
だがそんな里奈に対し、何と残酷な二人であった。
そして余談だが、転入二日目にしてそこまでの行動を見せた隼人は、瞬く間に学年中に知れ渡ったとか何とか。
「朝から楽しいもの見せてくれるわね……あなた達は」
うわーんっ! と叫びつつ涙を流しつつ駆け出した里奈が出て行った扉に視線を送りつつ、呆れ顔の美衣はそう告げた。
「美衣、世の中には正当防衛という素晴らしい言葉があるとは思わないか?」
「使い方が違うわ」
「里奈、どうかしたんですか? 泣いてたみたいですけれど」
そんな二人の会話はさて置き、という感じに、美羽は春名へとそう声を掛ける。
それを聞かれた、だが当事者である春名はえっと、と顎に人差し指を当て、
「きっと、何か限界が来たんだよ」
「わけ分かりません」
さすが双子。
突っ込みの鋭さは同様だった。
「まぁどうせ、またあいつが馬鹿なことやったんだろ? つか、それ以外に理由なんか思いつかないし」
「あ、夏。おはよー」
どこから会話を聞いていたのだろう。
今までは教室の角で他のクラスメートと話してた夏と春がこちらへ歩み寄ってくる。
「あぁおはよ。で、どうせそうなんだろ?」
「正解。よく分かってることで」
「そりゃぁ、付き合いは長いからね」
「主に制止役だろう」
「あの暴走を停止できるわけないだろうが。主に傍観だ」
「場合によっては撤退するけど」
素晴らしき友人愛であった。
というか、里奈。
そこまで言われるお前は一体なんなんだ?
この街へ来て一番の謎が生まれてしまった気がした。
「まぁ、腹が減ったら戻ってくるだろ」
何処の家で少女だ。
そう突っ込もうとしたところで、ふと一つ上――一年生の方の階からその里奈の叫び声が聞こえてきた。
『杉矢隼人君と羽水春名は絶賛同棲中なのだーっ!!』
と、そんな叫び声が。
刹那、誰もが挙げられた二つの名の主を見た。
当然その言葉の真意を確かめるためだ。
だが、それを見た瞬間に視線を逸らした。
何故かって?
当然だ。
そこに鬼神が二人もいれば、目も逸らしたくなるだろうに。
「春名」
「うん、分かってるよ」
リアル鬼ごっこが、ここに始まった。
「いいぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁああっ!」
少女の物とは思えない叫び声が校内に響き渡った。
近くで聞いたら耳を塞がずにはいられない。そんな感じの。
そしてその叫び声を挙げつつ廊下を疾走するのは、少女こと美鈴里奈である。
理由はまぁ……言わずもがなだが、とりあえず。
その里奈の背後五メートル。
そこには、二人の鬼神が降臨していた。
当然、隼人と春名である。
その手には凶器となりうるものは何も持っていなく、見方によってはそこまで叫び声を上げるものでもないだろう、と思うかもしれない。
だが、実際には違う。そんなことを思うことなかれだ。
何故ならば、今の二人。
その視線で軽く人一人殺せるはずだった。
とりあえず、二人とも表情はそこまで起こっているようには見えないのだ。
それどころか、にこにこと春名は笑みすら浮かべている。
それだけなら、あまり怖くは無いように見えるだろう。
だが、考えてもみてほしい。
自分を全速力で追いかけてくる者が、いい笑顔を浮かべていたら? ということを。
もうそれ、まるっきり死刑宣告である。
しかも、表情はそれでもその目からは明らかな殺意とかいろいろ感じられるのだ。
もう逃げなきゃやられます、的な心境だろう。今の里奈は。
まぁそれはさて置き。
そんな感じに追う立場と追われる立場となった三人は、今や校内放送で呼び出され説教されてもおかしくは無い速度で校内を走り回っていた。
陸上部もびっくりな速さで、だ。
というか、人間って階段の五段飛ばしなんかできるんだ……というのは、それを見ていた某生徒談。
「誰かたすけてえぇぇぇぇぇぇぇっ!」
必死に叫ぶ里奈の声も虚しい。
触らぬ神に祟り無しと言うように、誰もがその怒れる鬼神二人に触れようなど思ってもいなかった。
というか、里奈を知っている生徒ならば誰もが『あぁ、悪いの里奈か』とか納得そうに頷く始末。
本当、いつも普段から何やってるんだろうあの娘は。
追いかけつつも、やはり疑問は隠せない隼人である。
「隼人君隼人君。里奈ってさ、何気に運動神経いいんだ」
ふと隣を走る春名がそう言い、正面の里奈を示す。
「だな。それは追ってて分かった。……つか、俺からしたら何でお前が着いてこれてるかが疑問なんだけど」
正面を走る里奈の速度は半端ではない。
それは、自身が全力疾走に近い速度で走っているのだから分かる。
まぁなんでそんな状況で会話ができるんだと、それは割愛して。
むしろ、その二人にしっかりと着いてきている春名の方が隼人は凄いと思った。
見たところ、春名の運動神経はそこまでいいものではない。
なので、こうやって着いてきていることが驚きなのだ。
まぁ……隼人は知らないが。
春名が自身が嫌だと思うこととか、それをした人間とかそういう人間には全く容赦がない。
故に、そんな疲れとかはもう気にならないぐらいの力も出せる。
怒りを力とする、典型的な人間であった。
「話し逸らさないでよ……。それでね、このまま追ってても絶対に追いつけないと思うから、ちょっと隼人君には別ルートで追ってほしいんだけど」
「別ルート?」
「ほら、お母さんに聞いたんだけど隼人君って武術とかやってたんでしょ? じゃあ、体も強いよね?」
「……まぁ、それなりには」
一応、そんじょそこらの人達には負けないぐらいの力は持っているつもりだ。
その返答に春名はうん、と満足げに頷く。
「じゃあ、隼人君は飛び降りて?」
は? と、隼人は目を点にした。
里奈は勉強の成績は悪いものの、決して馬鹿というわけではない。
だから、いつの間にか後ろから追ってきているのが春名だけと知り、すぐにその理由を悟ろうと思考を巡らせた。
――まだこの学園に詳しくない隼人君を別行動させるってことは……挟み撃ち……は違うよね。そもそもそれだったら学園に詳しい春名が行くはずだし……
走りつつ首を傾げるという何とも奇な技をしつつ、里奈は校内を駆け巡る。
――だったら待ち伏せ? 春名がそこに私を追い込む作戦……かな?
考えてみて、今度は辻褄が合った。
うん、それだ。と自分でも納得し、里奈はさらにその先を考える。
――となれば今まで通ったところに待ってる可能性が高いか……
そうなれば、今まで通ったことのない場所――即ち校外へ逃げるのが最善策だ。
思ったが吉日。
里奈はさっそくそれを実行せんと、階段を一気に駆け下りた。
そして当然、春名は表情を変えてそれを追う。
にやりと、不敵な笑みをその表情に浮かべて。
一つ言おう。
春名は運動はともかく、頭はかなりいい上に頭が切れる。
だが里奈は、それを追いかけられているという状況のため忘れてしまっていた。
そう。
里奈はもう、春名の作戦に呑まれていた。
「……あれ?」
学園の壁に沿って走っていた里奈は、振り返ってきょとんとした。
つい先ほどまで自分を追っていたはずの春名が、後ろにいないのだ。
さらに、何処かからこっそりと忍び寄ってくる気配もない。
どういうことだろうか? と里奈が首を傾げ――そこで始めて気がついた。
同時、迫る気配を感じる。
だがその方向を察して、里奈は諦めた。
――……今日、授業出られるかな――
そして、その思考は即時中断させられた。
春名が立てた作戦は実にシンプル。かつ、あり得ないものだった。
春名が里奈を校外へ誘き出し、そこへ隼人が真上という想定外の場所から取り押さえる。
本当に隼人がいたからこそ出来たような作戦だ。
だがまぁ……それでもしっかりと成功させてしまった二人は、素晴らしいものだろう。
出会って一週間と経っていないのに、全く見事なチームワークだった。
「捕獲完了」
そんな言葉を、何かをやり遂げたような笑みと共に吐いた隼人は間違い無く鬼に見えたことだろう。
ちなみにその手には、しっかりと里奈を捕まえている。
「……あなた達、もう朝のHR終わったって知ってる? あと数分すれば一時間目も始まるし」
そんな隼人と里奈。そして春名に視線を送りながら、美衣はため息混じりに吐いた。
「先生も、もう諦めてましたよ? 『また美鈴か……。しかも転校してすぐの杉矢まで巻き込んで……』とか言ってましたし」
こちらは苦笑しつつ、美羽。
「……お前は一体、何をやらかしてるんだ」
そして今までも抱いていた疑問をこの機会にぶちまけることにした。
もちろん、今まで地面を引きずられここまで連行されてきた里奈に、だ。
「何もしてないよ……」
嘘つけお前。
「里奈に直接訊いてもいい答えなんか返ってこないよ? 訊くなら、春名が一番詳しいかも。伊達に親友やってないみたいだし」
そう春の助言を受け、春名へと返答を促す。
すると春名。親友だから秘密にする、とかそんな思いは微塵もないらしく、いい笑顔で口を開いた。
「隼人が引っ越してくる前で一番最近なのが、確か爆竹事件かな? 授業中にいきなり爆竹を爆発させて……しかもかなり大量に」
「あー、そういやぁあれ、どこに隠し持ってたのか結局分かんなかったんだよな……」
「そうだよねぇ……。あんな量、鞄に入れてたらバレるだろうし……」
「……待て、そこの普通に会話している奴等。それは果たしてそんな簡単なものなのか?」
少なくとも、それをこの学園に持ち運ぶ以前の問題があると、少年は思う。
だがしかし。
彼等は凄かった。
「「「だって里奈だし」」」
そうやって口を揃えたのだから。
というか、一度この里奈という少女について、少しばかりその認識を確かめる必要があるかもしれなかった。
もちろん悪い意味で。
「よう、杉矢」
放課後。
春名が職員室に用があるとかで先に帰宅しようと思い至った隼人の肩が誰かに叩かれた。
ん? と振り返った先。
そこにいたのは、当然ながら覚えの無い生徒。
故に当然隼人の頭に浮かぶ疑問といえば――
「……誰?」
だった。
こちらのことを知っているということは、同じクラスメートなのだということは分かるが……だが、顔も名前も転校二日目の隼人には覚えが無い。
まぁその程度のことは相手も承知していたのだろう。
別段嫌な顔をするでもなく、軽い笑みを見せながら口を開いた。
「オレは
「ん、あぁ。よろしく。……それと、呼ぶときは名前で頼む。苗字で呼ばれるのは嫌いなんだ」
「おう、分かった」
「……」
「……」
そして、そこで会話が途切れた。
「……何か用事があったんじゃないのか?」
その静寂に耐え切れなくなった隼人が、そう口を開く。
「あー、いや。どうせ今みたいな感じだろうな、と思ったから、この際に名前覚えてもらおうと思っただけだ」
「それだけ?」
「それだけ」
……会話が途切れるわけだった。
「ややこしい奴め」
「転入二日目で騒いでる奴に言われたくねぇ」
もっともである。
「まぁでも、確かにそれだけでも芸が無いか……」
「いや……挨拶に芸はいらんだろ」
「どうすっかなぁ」
突っ込んだのに、スルーされた。
一発叩いてやろうかとは思ったが、一応初対面だし、こっちのために考えてくれていることは確かなのでやめた。
そして、結局は和谷屋というその少年の反応を待つ。
待つこと、一分。
やがて和谷屋はあぁそうだ、と拳を手に落とすと、隼人を振り返りにんまりと笑った。
「奢ってやるよ。近場の喫茶店で」
あとがき
どうも、昴 遼です。
さて、これで学園内のメインキャラは勢ぞろいですよね?
あとは某家出少女とか和谷屋のお姉さんとかその友人とかがいるわけですが、それはまたそのうち出てくると思いますので。
あ、ちなみに皆さん今回の話で分かったと思いますが、里奈のキャラはあの通りです。
性質の悪いトラブルメーカーと思ってくださいね。
多分今度からも、騒動の中心には大抵彼女がいますのでw
まぁ、里奈贔屓の方がいればごめんなさい。もしくは予想通りであることを祈りつつ。
では、本日はこのあたりで。