「明日から学校休みます」

「あら、いきなり登校拒否ですか?」

 帰宅直後の会話は、そんなあり得ないようなものだった。

 

 

 

 第四話 帰宅、外出

 

 

 

「春名? あんまり隼人さんを困らせたら駄目よ?」

「困らせてないよー」

 自覚がないとは素晴らしいことである。

 

 そんな平和そうな会話を眺めながら、隼人はため息一つ。

 とりあえずあの後、二人には決して口を滑らせないように、という守られる確立の方が低い約束を交わした後、三人は途中までを共に帰宅した。

 そして、帰宅してそれを出迎えてくれた麻子への言葉が、先ほどの隼人のものなのである。

 約束と言っても、守られての約束だ。

 それが出来ない確立があるとなると、一番いいと思ったのが不登校なのだから仕方無い。

「麻子さん、そいつの口を黙らせる方法ありません?」

「あら。春名が何か言ったの?」

「いえ、てか言うかも知れない直前です」

 

「む、失敬な。私はこう見えても約束は守るよ」

「秘密を作るのが苦手なら、秘密にしてくれって約束を守れるわけないだろう」

「でも約束だったら守るもん」 

「どうやって」

「秘密を守って」

「それが出来ないんだろ?」

「でも約束だったら守るもん」

「どうやって――って永久機関かこれ」

 

 このままでは絶対に会話が終わらないことを感じ、隼人は一旦口を閉ざした後、また口を開く。

「とにかく、極力気をつけてくれ」

 結局は、そんな意味も無い言葉で収めることにした。

 

 

 

「ねね、隼人君。よかったら夕食までの間に街の案内しようか?」

 着替え終わると同時、不意に春名が扉越しにそんなことを言ってきた。

「……いや待て。着替えるの早くないか? お前」

 これは偏見かも知れないが、普通女子の着替えは男子よりも時間が掛かるものだ。

 なのに、隼人は今やっと着替え終えたところ。

 これで扉の向こうに立っている春名が着替え終えたとなると、かなり早いと思う――

 

「え? まだ着替えてる途中だけど?」

「そんな格好でうろつくんじゃありませんっ!」

 

 昨日から男子の居候が増えたという事実を、この娘は本当に認識しているのだろうか。

 今更ながら、そんなことが不安になり始めた。

 というか、隼人が扉を開けたらどうするつもりだったのだろうか。

 ――……

 想像してみて、体が戦慄いた。

 開けなくて正解だった。うん。

 

「で、どうしたんだよ。唐突に」

 扉越しに会話をするという不思議な状況――さらに相手は女子でお着替え中――で、隼人は先ほどの言葉に対する問いを投げかけた。

「うん。だってほら、隼人君ってこの街全然詳しくないでしょ? だから、散歩とかで外に出てまた迷ったらあれかなぁってうわぁっ!?」

 扉を開ける代わりに、枕で力一杯その扉をぶん殴った。

「だ、だから、この辺りの案内ぐらいは出来るかなぁって思ったんですよ!?」

 一言余計だったのである。

 まぁそれはさて置き、隼人は時計へとふと目をやる。

 現在時刻、四半時。

 夕食の時間が昨日どおりだとすれば、まだ二時間ぐらいは確かにあった。

「だったら、悪いけれど商店街とか、そっちの方面に案内してくれないか? その道さえ知っておけば、迷ってもある程度は何とかなる」

「ん、いいけど。でも、この辺り小道も多いし、やっぱりこの辺りの案内もした方がいいと思うよ?」

「そんな小道こっちから願い下げだ」

 よく知るまで入らなければいいだけの話だろう。

「分かったよ。じゃあ、商店街の道だけをとりあえず歩こうか」

「頼む」

 

 そんなわけで。

 

 二人は、夕食前の散歩へと出かけることになった。

 

 

 

「この街の商店街、結構大きいんだよね」

「そうなのか?」

 この時間にもなると、空気もかなり冷える。

 しかもこの街の気候も加わり、温度を知るのが嫌になるぐらいだった。

 その中を、二人は会話しながら歩いていく。

 

「うん。規模だけで言うなら、国内有数なんじゃないかな? 大抵の物は商店街に行けば売ってるし」

「へぇ……そこまで」

「だから、下手すると迷うかも?」

「……」

 行くのが鬱になった。

 

 

 

「というわけで到着ー」

 どういうわけかはまったく分からないが、ともかく春名は諸手を広げてそう笑顔で告げた。

「結構近いんだな。家から」

 実際、歩いて十分強、という距離だった。

 この距離ならば迷う心配もないだろう、と内心ほっとする。

「自転車を使えば、五分掛からずに着くからねー。買い物には便利便利」

「だろうな」

 これだけ近ければ、そりゃ便利だし楽だろう。

「どうする? 商店街の中も案内しようか?」

「あー……。規模って、大体どれぐらいなんだ?」

「んー、一周すると、軽く三、四十分は掛かるぐらい、かな? 全部回ると、もう一時間ぐらいは掛かるかも」

 ……迷う確立は、非常に高そうだった。

 何でそんなに大きいんだ、なんて行き場の無い怒りを覚えてしまう。

 ……だが、いくら悩もうが意味が無いことをすぐに悟る。

 

「迷う時は迷うんだから、気にしても駄目だよ?」

 

 そんな、満面の笑みの言葉によって。

 その言葉に隼人はうん、と頷きを返し、

 

「黙れこの天然娘が」

 

 痛恨の一撃を、春名の頭に落とすのだった。

 

 

 

「うぅ……痛い……」

「お前はもう少し気の利いた言葉を言えないのか」

 あんな言葉、善意丸出しに言われてはなんだか無性に腹が立つのだ。

 しかも何気に核心を突いている辺りも気に入らない。

「それってただ単に自分の欠点を隠したいだけ――ってうわぁっ言わないからその拳を下ろして隼人くーんっ!」

 許されない類の言葉を発しかけた春名は頭を抱え一歩後ろへ跳び退る。

 その隼人の表情にあるのは明白な怒りだ。

 あのまま春名の言葉が完成していたら、その拳が怒りの下どう行使されたかは想像に容易いだろう。

 はぁ、とため息と共にその拳を下ろす隼人。

「で、どうするんだ? 時間はあるけど、簡単に一周するか?」

「あぁうんえっと。とりあえずはそうだね。まずは簡単に一周かなぁ。他の道は、また覚えていけばいいから」

「そうか。じゃあさっきの発言の見返りは途中で何か奢るということで――」

「えぇー!? 『さっきの発言』ってその話題まだ続いてたの!?」

「いや終わらせてないし」

 自分はため息を吐いただけだ。

 まぁいい、なんて言葉を口走ってはいないのだ。

「た、助けて誰かーっ!」

 たかだ何か奢らされるぐらいで大袈裟だろうこの娘は。

 

 まぁとりあえずは。

 

「やかましい」

 と、一発叩いておくことにした。

 

 いやだって、あのままにしとけば隼人の世間体にも関わる。

 見る人によっては隼人が完全な悪者になるのだから。

「……隼人君、女の子の頭をバシバシ叩くものじゃないと思うな」

 

「叩きやすい頭で何よりだ」

「解決になってないーっ!」

 

 そして騒動再開。

 実は道行き交う人々がその二人を先ほどから避けているのだが、周りが見えていない二人にそれは分からない。

 なのでその騒動ももうしばらく続くと思われたのだが、

 

「……あんた達、公衆の面前でよくやれるわね」

 

 そんな横合いからの声に、二人の争いは中断せざるを得なかった。

「……誰?」

 そしてそれは、その二人から数歩離れた所に立ち、今の言葉を放った張本人であろう少女へ向けて放たれた隼人の言葉。

「あ、美衣ー」

 対してそれは、その少女へと満面の笑みを持って放たれた春名の言葉。

 つまりどうやら、春名は少女のことを知っているらしい。

 そして次に少女の口から放たれた言葉は、隼人の問い掛けに対するものだった。

栗原美衣(くりはらみい)よ。あなた、今日転入してきた杉矢君でしょ? 私は同じクラスなんだけれど」

「あー、名前で呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは嫌いなんだ。

 で……同じクラスなのは知らなかった。まだ全員の顔を覚えてないんだ」

「気にしないで。一日で覚えられても、それはそれで凄いと思うから。……で、それはいいとして。

 どうして春名と隼人君が、こんな場所で一緒にいるのかしら」

 それは詮索、という口調ではない。単なる興味本位という感じの言葉だった。

 故に、二人はその返答に詰まる。

 詮索ならば、何とかあしらうことはできるだろう。

 だがそれが興味本位ということで聞かれてしまうと、逆に返答に困る。

 曖昧に答えてもそれはむしろ疑惑を深めるだけなのだから。

 一応は春名も約束を守ってはいるようだし、怪しまれないうちに何とか答えを返そうとした、その時。

 

「もしかして、実は隼人君は春名の家に居候してる、なんて漫画みたいなシチュエーションだとか?」

 

 それは冗談のつもりだったのだろう。

 だがその言葉に、春名は苦笑。隼人は膝を付いた。

 もう、上手く誤魔化すのは精神の問題上不可能となったのだ。

「え、ちょ、何よ? どうしたの? もしかして図星とか言わないでしょうね?」

 その通りです。図星なんですよ美衣さん。

 春名は苦笑したまま、隼人はその体勢のまま上目遣いに美衣を見、その意を伝えることにした。

 

「……マジなの?」

「……マジなんだよ」

「……くそぅ」

 

 一人だけ何を言いたいのか要領を得ないのだが、まぁそれは気にしない。

 というか何でも言いから呟きたい心境なのだろう。

「何ていうかあなた……。凄い人生送ってるのね」

 それは、漫画みたいなシチュエーションの中で過ごしているのは、という意味だろう。

 だが、実際凄いのは春名でも隼人でもない。

 その裏的存在とも言える隼人の両親によるものなのだがそれを美衣が知る術は無かった。

 

「美衣、どうしたのー?」

 ふと、美衣の後ろからもう一つ声が聞こえた。

 そしてすぐにその姿が美衣の背後より現れる。

 ……見間違えるほどではないものの、非常にそっくりさんな少女が、一人。

「あ、美羽もいたんだ、やっほー」

 だがしかし、その少女もまた知り合いなのか、春名はそう笑顔で笑いかける。

 

「……え、もしかして、双子?」

 

 そして隼人がその答えを導き出したのは、その少女を見てから実に十秒ほどが経過してからだった。

「そうよ? こっちは美羽で、私の双子の妹。美羽も、隼人君は覚えてるでしょ?」

「覚えてるよ、さすがに」

 苦笑交じりにそう答えると、くるりと美羽は笑顔でこちらを振り返り、

「こんばんは、隼人さん。美衣と同じく、同じクラスの栗原美羽(くりはらみう)です。よろしくお願いしますね? 杉矢さん」

「あ、あぁ、よろしく。……あ、苗字じゃなくて隼人って呼んでくれ。

 で、それはさて置き。双子で同じクラスなんて珍しいな」

「あら、そうでもないわよ?」

 と、隼人の言葉に美衣がそう答えを返す。

「だって、私達以外にもう一組、双子がいるもの。同じクラスに」

「……そうなのか?」

 それは何というか……凄い。

 双子が同じ学園にいる、というのも珍しいが、それが同じクラスともなると……。

「どうやってクラス分けしてるんだ? あの学園」

 当然、そんな疑問が浮かぶ。

「さぁ。先生に訊けば?」

「訊いても教えてもらえないと思いますけどね」

 まぁ当然その疑問の答えが返ってくるとは思っていないが。

 

 だが、これだけは分かる。

「きっと、仲のいい子達同士が同じクラスになるようになってるんだよ」

 そんな春名の平和すぎる答えだけはあり得ない。

 その場の三人は、一様に手を振って、

「「「ないない」」」

 と答えていた。

 

 

 

 栗原姉妹と別れ、場は同じく商店街。

 春名は案内を再開し、隼人はやはりそれに着いて歩いていた。

「二人と息ピッタリだったね、隼人君」

「そうか? つか、あれが自然体なんだけど」

 

「誰とも波長が合いやすいのかな」

「だから何の電波だ。何の」

 

 というか、今の春名の台詞は春名自身にこそ相応しいのではないか?

 いや電波系とかそういう意味ではなく、見知らぬ少年と出会った時、家に泊まっていいなんて提案は普通はしないだろう、ということだ。

 つまりは、そんな提案を出来る時点で、その程度が窺えるというものである。

 

 まぁそれはさて置き。

「てかさ、この規模は正直商店街ってレベルじゃないだろ」

 歩き始めて分かったことが一つ。

 春名の話でもう大方の予想はついていたのだが、実際に歩いてみるとその大きさがもう、並大抵の物ではなかったのだ。

 どれぐらいかといえば、真っ直ぐ正面を見てみても商店街の終わりが分からないぐらい。

 正直これぐらいの規模ならば、大きなデパートが一つはまるまる入ることだろう。

 いや、ぶっちゃけ地上のデパートと表してもおかしくないかもしれない。

「だからいったでしょ? 国内有数だって」

「……つか、これ以上なんてあるのか?」

 この規模ともなると、もう実は国内最大とかではないのか?

「うーん……どうなんだろう。あまりそういうことは聞かないから、違うんだと思うよ?」

「……へぇ」

 どうやら、世の中には知らないことが多くあるらしい。

 それを実感する隼人であった。

 

「まぁ、とりあえずは早めに一周しちゃう? 晩御飯までに戻らないとお母さんも困るだろうし」

「いや質問されても困る」

 ここの案内は春名に一任しているのだから、そんなことを訊かないでほしい。

「一応、だよ。一応」

「……一応、ねぇ」

 あれは絶対に素だったと思うのは、可笑しなことだろうか?

 少なくとも、隼人自身はそう信じる。

「細かいことは気にしない気にしなーい。それじゃあ行こうか」

 だが当の春名は何も感じるものが無いのか、その笑みを保ったまま歩き始めたのだから大したものだ。

 自覚が無いのではなく、自覚はあるけどそれがどうした、的な感覚で生きているのかもしれない。

 それならば、と。

 この先付き合っていくのにちょっとした不安が生まれた隼人少年であった。

 

 

 

「あれ、春名だ。それと……あれ、杉矢も一緒なんだ?」

 

 ……ここは、知り合いとよく会う魔のゾーンらしい。

 

「やほー、春ー。今日は一人で店番?」

 だがそれが春名の中では普通なのか、別段驚く事無く美衣の時のようにその少年と挨拶を交わしていた。

「ううん。今は、夏がちょっと裏に何か取りに行ってるんだ――って、自己紹介しないとね。

 僕は楠原春(くすはらはる)だよ。よろしく、杉矢」

「あ、あー、うん。よろしく」

 唐突な自己紹介――というか話の流れに着いていけない隼人。

 もはや、自分のことを苗字で呼ばないようにと言う訂正も忘れていた。

 

「ん? 何で春名がいるんだ? ……しかも、杉矢まで」

 

 だが、その隼人をさらに混乱させる出来事が起こる。

 

「……え? また、双子?」

 

 そういうことだ。

 たった今、春が店番を行っていた店の裏より出てきたもう一人の少年の顔を見、先ほどの栗原姉妹みたくそっくりだったのだ。

 故にそんな呟きが漏れてしまった。

「そうそう。俺は楠原夏(くすはらなつ)

 察しの通り春とは双子だ。ちなみに俺が兄」

「あぁ……うん、なるほど。よろしく。……あーそれと、俺のことは名前で呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは嫌いなんだ」

 なんだろう。

 この偶然に偶然が重なったような出会い方は。

 本当に、この商店街は呪われていやしないか?

 そう疑う余地は充分にあった。

 

「というと、あれか。美衣達の言ってたもう一組の双子って、この夏達か?」

 美衣もそうなのだが、双子ということでは苗字で呼ぶのも変な話だろう。

 故に名前で呼ぶようにしたのだが、こうややこしい名前ではどの道、その内間違えるかもしれなかった。

「あれ。隼人って美衣達のことは知ってるの?」

「いや知ってるというか、ついさっき知り合ったばかり」

「商店街の入り口でね、会ったんだよ」

「あぁ、なるほど――」

 納得層に夏は頷き、

 

「それだけか……」

 つまらなさそうに呟いた。

 

「いやまてとりあえずお前は一体何に期待してた」

 

 そこで隼人が突っ込むのは、もうお約束である。

 というか。

 

 ――定着してるよな? この流れ

 そうは思うのだが、どうにもそれを覆す術が思いつかなかったり。

 つまりはまぁ、

 

「やっぱり波長が――」

「もうそのネタはいい」

 

 この流れは、多分半永久的に続くんだろうなぁ、と思ったのは、間違いではない。

 

 ちなみに余談だが、隼人はしっかりと春名に飲み物を奢ってもらったとか。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さてさて、今回は双子組の登場です。

 一応、この四人の性格は変わってないと思いますがいかがですか?

 ……え、知らない? そうですか……。

 

 まぁそれはさておき、あと一人出ていないキャラがいますが、それは次回出てきますのでご安心を。

 

 ……しかし、コメディって難しいですね。

 読者さんが笑えることを狙って書くのがこれまた……

 もっと文才がほしいですね……。まぁ愚痴ってても仕方ないですけど。

 

 では、また。




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