「ただいまー」

 元気のいい声が、羽水家に響き渡った。

 ――元気のいい、隼人の声が。

「隼人君が先制してどうするのっ!?」

 一足遅れ、春名が羽水家へと飛び込んでくる。

 

「いやぁ、不意打ちを防ぐためには先制攻撃が一番だろ?」

「……私の家にはトラップも変なモンスターもいないからね?」

 

「なんだ。拍子抜けだな」

「いたら、嫌だよ」

 まぁ、確かにそれはこっちも嫌だ。

 そもそもそんなファンタジーの世界には生まれたくは無い。

「どちら様? ……って、あら?」

 と、ふと廊下から聞こえてきた声に二人が会話を止めてそちらを見る。

 そこには、不思議そうな表情で頬に手を当てている女性がいた。

「お母さん。ただいまー」

「おかえり、春名。……と、杉矢隼人さん、かしら?」

 こちらのことを知っているということは、どうやらこの人が父の言っていた人らしい。

「あ、はい。俺の馬鹿父のせいが迷惑掛けちゃったみたいで」

「いえ、大丈夫よ。それに、杉矢さんの卒然っぷりはもう私達――杉矢さんの友達の間では周知ですから」

 ……あの父親、一体何やってるんだ?

 そんな話、聞いたことすらないぞ。

「学生時代なんか、学園祭のときに乱入ライブとかもやっていたぐらいですしね」

 今度会ったら、問答無用に殴っておこう。今心に決めた。

「わわ……なんか隼人君が拳握ってるし……」

 

「……超遠距離からでも相手にダメージを食らわせる武器とかは無いのか……」

「……だからここはファンタジーの世界じゃないんだからね?」

 

「まぁ……やろうと思えば核ミサイルとかはありますけどね」

「お母さんも無駄な入れ知恵しないっ!」

 くわっと春名が牙を剥く。怒れば何気に恐いのかも知れない。

 というか、春名の母の方もにこにこ笑顔で言う台詞では決してないと思うのだが。

「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は羽水麻子(はみずあさこ)といいます。よろしくお願いしますね」

 そして次にその口から放たれたのは、唐突すぎる話題変更だった。

「え、あ、あぁ……よろしくお願いします……」

 ……やはり親子。性格は知らないが、根本はとりあえず同じらしい。

「とりあえず、リビングにでも行きましょうか。隼人さんも、長旅で疲れたでしょう?」

「でも、長かったのは迷ってた時間――むぐっ」

 高速でその口を封じに掛かった。

「そうですね。そうさせてもらいます」

 そしてその不安定極まりない格好のまま、これ以上無いぐらいのいい笑顔を浮かべて返答。

 だがその隼人にすらも麻子は微笑みを崩さず、もう仲がいいのね、とか言いながら、おそらくはリビングのある方向へと歩いていった。

 ……どうやら、根本は同じでも性格は正反対のようだ。

「む、むーっ!」

 と、そこでやっと春名のことを思い出す。

 塞ぐタイミングが悪かったのか、ちゃんと酸素を確保できていなかったらしく顔を真っ赤にしていた春名を。

「あぁ悪い悪い」

 そして、今の今まで春名の口を封じていた手を離した。

 とその刹那、呼吸を荒くしながら春名がこちらを睨んでくる。

「殺す気っ!?」

「滅相も無い」

「じゃあ何でっ!?」

「人の恥をさらりと話そうとするからだ」

「迷う方が悪――むぐーっ!」

 再びその口を塞ぐ。

 見知らぬ町で迷うことの恐ろしさを知らないのにそんなことを言うのはこの口か、とでも言わんばかりに。

「二人とも、どうしたの?」

「あ、いえ。何でもないですよ」

「むぐっ!」

「本当、もう仲がいいのね」

「むーぐーっ!」

 

 

 

 第二話 到着、生活

 

 

 

「とりあえず、隼人さんはどれぐらい事情を聞いていますか?」

 リビングのソファーに全員が腰掛け、とりあえずは確認をするという意味合いで麻子はそう口を開いた。

「えっとですね……父さん達が海外へ仕事の都合で行くことになったことと、俺がそのせいでここへ預けられることになったこと。で、もう既にこっちの学園への転校手続きは済んでること、ぐらいですね」

 と、その響きに隼人は少しばかり驚く。

「学校、じゃなくて学園なんですか? 俺が通うのって」

「えぇ。初等部から高等部までが一緒になってるんですよ」

 へぇ……、と感慨深い呟きを漏らす。

 今まで通っていた学校とは完全に違うものなので、そりゃそういう感想もおかしくは無いだろうが。

 だが次の瞬間。

 そんな考えが、ぶち壊された。

 

「え、隼人君って学園行くの?」

 

 そこはかとない、悪気無き純粋な質問に隼人は頭を抱えた。

「お前には、俺が何歳に見えるんだ……」

 これで二十歳とか言われたら、嫌だ。

 これでも見た目まだ高校生で通ることぐらいは自覚しているのだから。

「あ、いや、そういうわけじゃなくって――」

 だから、聞こえたその言葉に内心ホッとしたのは秘密。

 

「隼人君、頭悪そうだし。ほら、前例も」

 

 前言撤回。

 その場に泣き崩れた。

 

 

 

「とりあえず――」

 と、皆が落ち着いたところで麻子は再び口を開いた。

 ……ただその表情には、先ほどのことがあったというのに、微笑み以外には一片の表情を見受けられなかった。

 凄い、としか言い様が無い。

「私が隼人さんのご両親に聞いたのはそれだけじゃないから、とりあえずそれの確認もしておくわね」

「はい。お願いします」

 それじゃあ、と呟いて、麻子が懐から取り出したるは一枚のメモ。

「これ、隼人さんのお父さんの直筆ね」

 と、そんなどうでもいいようなよくないような説明の後、麻子はそれを見ながら確認を始めた。

 

「まず、向こうにいることになる期間は、少なく見積もっても二年――」

 

 そしてまずその最初に一言にソファーから落ちた。

「は、はぁ!?」

「ふぇ!? は、隼人君、どしたのっ?」

 落ちながらも全力で叫んだ隼人にビクッ! と体を竦ませながら、春名がその問いを口にした。

 だが……

 ――あ……あの親め……

 その声は、隼人に届いてはいなかった。

 今隼人の頭にあるのは少し前のあの時の会話の一部。

『だが、何ヶ月掛かるかも分からないのに預けるわけにもいかないだろう。――』

 そう父は言った。

 そう。確かに『何ヶ月』と……。

「……騙しやがったな……」

 騙した父に騙された自分、全てが嫌になった。

 本当は何ヶ月どころではない、何年だったのだから。

 だが、それだけでは終わらない。

『まぁ……仕事が片付いたらまたこっちの学校に戻って来れるし、今回ばかりはどうにもならないんだ……』

 もうどうにもならんのではないですかマイファーザー?

 ――てか戻るとかもう既に不可能な話だよコノヤロウ……

 何だこれは。新手の嫌がらせだろうか。

 だとすれば本気で反発を考える。

「……とりあえず、続けるわね? それでその間、隼人さんの面倒はこっちで見てほしいってこと。こちらの学園に転入手続きを済ませたから、そっちに通わせてほしいってこと。

……まぁ、大雑把にまとめるとこの三つね。これは大丈夫かしら?」

「……はい。最初の一つ以外は全部聞いたことです」

「隼人君、声暗いよ?」

「親に裏切られた子供の気分を考えてくれ……」

 それはもう、最悪だ。というかそれ以上だ。

「いやまぁ、想像は出来ないけれど。気にせずいこうよ」

 気にせず過ごせたらもうそれは最高だろうに。

 出来たら今からでもそうしたい。

 ……が――自分の親の酷さに脱力感は抜けないのだ。

「とりあえず隼人さんも考えることはあるとは思いますが、今日のところは落ち着いたらどうですか? それに、明日にはもう学園も始まりますし」

「……ですね。てか、あの親には所詮何を言っても無駄なんですよ……。早いところ、諦めます」

 そうため息混じりにいう隼人なのだが――まさかその潔さが、今まで隼人の父を甘やかし現状を作り上げたなんてことは、誰も知らない。想像も付かない。気が付かない。それが杉矢家クオリティ。

 

 

 

 歓迎のためか、豪華な夕食が並んだ食卓。

 それを目の前にして、隼人は感動に打ち震えていた。

 ただの一高校生が何をと思うこと無かれ。

 そして忘れること無かれ。

 隼人は、つい先日まではほぼ一人暮らしに近い生活をしていたのだ。

 故に家事を初め、全てのことを一人で行っていた隼人にとって、何かがされてある、という光景はもう何というか、楽園に等しいのだから。

「お母さーん、なんか隼人君トリップしてるよー」

 だがその楽園も、その無垢な声で無情にもぶち壊されたのだが。

 

 

 

「人の感動を、もう少し守ってくれよ……」

 料理を口に運びながら、隼人。

「いやいや。私知らないし。……ぶっちゃけ、ダイニングの入り口で突っ立ってたらどうしようもないと思うのは私だけかな」

 こちらもまた料理を口へと運びながら春名。

 

「お前だけだ。きっと」

「言い切れるその自身を私は尊敬するよ」

 

「仲がいいのね」

 突っ込み役とボケ役が先ほどとは一転しているのに、それをにこにこ笑顔で、しかもさっき言ったようなことを言う麻子は凄いのだろう。ペースに飲まれない、という感じ。

 しかし、この場合仲がいいと言うよりは息が合う、と言ったほうがいいのではないだろうか。

 出会って半日も経たないと言うのに、ここまでの漫才風味抜群の会話が出来る男女など、普通はいないのだから。

「何でか分からないけれど、隼人君とは合うんだよね」

 と、その言葉に対し何を思ったのか、笑顔で春名は答え、

「何が」

「波長」

「お前は電波か」

 その言葉に対し、隼人は突っ込まずにはいられなかった。

 閑話休題。

 

「じゃあ、隼人さんの部屋は二階の――って、後で春名に案内してもらった方が早いわね」

「うん。私が後で案内するよ。あ、ちなみに私の隣の部屋だから」

 そういえば、と。ふと思う。

 この少女は、いきなり見ず知らずの少年と一つ屋根の下に暮らすことになって何の抵抗も無いのだろうか。

 春名ぐらいの歳になれば、普通そういうことに関しては素直に首を横には振らないのだろうが――

「あ、夜に間違えて部屋に入ることあるけれど、気にしないでね?」

「どうして間違えるんだお前は。いやまてむしろお前が気にしろ」

 まぁ、この少女はかなり普通とはずれてるんだろう。そう結論づけた。

「まぁいいけど……迷うなよ?」

「あはは。さすがにそれは――」

「そうなのよ……。この子ったら、もうかれこれ五回ぐらい――」

「迷ってないしかもそんなにっ!」

 非常に仲睦まじい二人である。

 

 

 

「さぁ問題です。隼人君の部屋は何処でしょう」

 唐突にそんなことを訊かれた。

 本当に、唐突に、前振りすらなく。

「……えー」

 しかし、だ。

 いきなり言われて分かるはず無いだろう?

 現在二人は二階へと来たわけなのだが……その二階だけでも、部屋は四つ。

 ……まぁ、それだけでこの家の大きさが計り知れるものだとは思うが、そこは今は割愛だ。

 ともかく、勘でも当たる確立は四分の一だし。

 どうしたものかと首を傾げ、考えること三秒。とりあえず、真っ直ぐ一つの部屋を目指した。

 

 そう。

 

 『春名の部屋だよ』と可愛らしい文字が綴られているドアプレートの掛かった部屋の扉に手をかけたところで――

 

「わぁぁぁぁっ!」

 後ろからのドロップキックを食らい、軽く宙を舞ってから廊下と熱い接吻を交わした。

 

「な、なな、何する気だよっ!」

「……いや、正解はここかなぁと」

「ドアプレート、見えたでしょ!?」

「それこそが俺を欺くための巧妙な罠だと俺は踏んだんだ」

「……あのね、いい? 隼人君。私は今日君が来ることを忘れてたんだよ? ……そんな罠、仕掛けられるかぁっ!」

 二発目になるビンタは横へと動いて何事も無かったかのように避けつつ、隼人は立ち上がると、

 

「春名。スカートを穿くときに蹴りはやめとけ蹴りは。見えるから」

 

 そんなことをさらりと言ってのけ、今度こそ見切れぬ速度で春名から放たれた凄まじい一撃に、隼人は沈んだ。

 

 あぁ、ちなみに白。

 

 

 

「ここが隼人君の部屋ね」

 と、痛む体を摩りながらも春名に案内された部屋は、二階の廊下の一番奥――春名の隣の部屋に当たる位置だった。

 ただ一つ。隼人が驚いたことといえば、

「あれ、なんだ? 家具とか揃ってるし」

 その室内には、机からベッドに至るまで、生活に必要な家具はほとんどが揃っていたのだ。

「多分あれだよ。お母さんがそういうのは用意したんだと思う。ほら、お母さんって見た目どおり世話好きだから」

「……納得するべきか? ここは」

「しといていいんじゃない?」

 素晴らしきアバウト思考である。

 というか娘ならもう少ししっかりした返答を寄越せ。

「まぁ……家具に関しては後でお礼言っておかないとなぁ」

「んー、気にしないでいいと思うけどなぁ。ほら、隼人君ももう家族なんだしさ、他人行儀になる必要もないし」

 ……果たして、この少女は気付いているのだろうか。

 すでにその他人行儀云々は、自分にとっては既に適応されていることに。

「そんなものか?」

 が、あえてそれは口に出さず、会話を続ける。

 言ったら、なんだか怒られそうだったし。

「そんなものだよ。慣れない内は普通でもいいけど、少しずつ、ね?」

「了解。善処するよ」

 そんな返事を聞き、満足そうに頷く春名だった。

 

 

 

  あとがき


 皆さんどうも、昴 遼です。

 完全コメディですね。もう。

 いえ、自分で言っておいたのですが……何でだろう。春名がまともキャラだ。

 というか気付けば、そっちの方がなかなかコメディに走りやすいという……。

 ……きっと、これが成長って奴なんですね(違

 まぁいいです。ともかく、次回は学園の始まりです。

 完全コメディなので、もちろん学園生活も……まぁあれデスよ(ナニ

 ともかく、楽しみにしていてください。




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