「お兄ちゃん……?」

 

 隼人を指差し。

 

「あぁ」

「お姉ちゃん……?」

 

 春名を指差し。

 

「うんうんっ」

「えへへ……」

 

 比奈は嬉しそうにはにかんだ。

 

「……やっばいよ隼人君」

「あぁ……そっちの趣味は無いけど、同感」

「可愛すぎ……」

 

 春名は鼻の下を伸ばして悶えていた。

 

 

 

第十一話 新しい家族、大混乱

 

 

 

 それは遡ること二十分前。

 

 麻子との話し合いを終えてから、隼人は春名と比奈が起きてくるのを待ってその話を切り出した。

 当然、寝起きにそんなとんでもな話を持ち出された上に、しかもそれはもう確定事項だと言うのだから、春名と比奈の目は点になった。

 ……気持ちはとてもよく分かるのだが、まぁ今さら何を言ったって仕方なかったのだ。

 

 そこからは十分、混乱する二人を宥めるための戦いが始まったわけだったのだが、そこは割愛しよう。

 

 問題の出来事はそこからだった。

 

『それならさ』

 

 やっとの思いで納得させた――その次の瞬間には既にその事実に思考を適応させていたのだから凄い――春名が、手を打ち合わせて言った台詞。

 

『比奈ちゃん、私の妹になるんだよね?』

 

 その一言が、先の出来事の引き金である。

 

 隼人は別にどっちでも良かったのだが、意外にもその言葉には比奈が乗り気で、とんとん拍子に話は進んでいき――。

 

「お姉ちゃんっ」

「……も、駄目。鼻血出そう」

「いやお前……」

「お兄ちゃんっ」

「……うぐ」

 

 ――今に至る。

 

 春名はともかく、まさか隼人自身も『お兄ちゃん』などと呼ばれることになるとは思わなかったために、意外とダメージはでかかった。

 もちろん、隼人はそういう性癖を持っているわけでもないのだが、元いた街の親友である少女が人をからかう際によく使っていたネタだったためか、変な風に反応してしまったのだ。

 慣れればいいだけの話なのだろうが……正直、そんな光景を里奈達に見られたらと思うとぞっとするのだが。

 

 『お兄ちゃん』と呼ばれ快く返事する自分。

 そしてそれを生暖かい目で見守る里奈達――。

 

「何か嫌だッ!!」

「ふぇっ!? 何がどうしたの隼人君!?」

「生暖かい目を俺に向けるなッ!!」

「別に向けてないよっ!?」

 

 非常に、嫌な光景を想像してしまった。

 っていうか現実になる確率が非常に高い気がする。

 つーか、なる? 現実に。

 

「比奈、『お兄ちゃん』禁止な」

 

 だからそんな光景が展開されるのを阻止するために先手を打ったつもりだったのだが――。

 

「え……?」

 

 ――何故、この世の終わりに遭遇したかの如き悲顔になるのでしょうか。

 いくら精神的にも肉体的にも強く育っちゃった隼人でも、その純粋無垢な目は結構――キツい。

 

「や、やっぱ嘘……」

 

 最終的にそれが上目遣いになった時点で、隼人は諦めた。

 無理、これは絶対勝てない。

 心のどこかが、そう認めてしまっていた。

 

 ぱぁっと明るくなる比奈の顔。

 それを見て、隼人は思った。

 

「あぁもう……シスコンでもロリコンでも何でもいいや」

「隼人君が変な道に!?」

「なんつーか、人間諦めが肝心だよな?」

「戻ってきて隼人くーんっ!?」

 

 結論。

 子供が、悲しそうに涙目でさらに上目遣いで見てくるのはもはや凶器。

 

 

 

 

 

 

「問題は……あいつ等だよなぁ」

 

 ソファーに腰を落ち着けたまま、隼人が不意に呟いた。

 だがあまりに脈絡もなく唐突な呟きだったためか、比奈を挟んでその隣に同じように腰を落ち着けていた春名が目を点にする。

 

 なお、その間の比奈は現在熟睡中。

 その状態で二人の服の裾なんかを掴んでいるものだから、立つに立てない状況が完成してしまい、今に至っていた。

 

「……どうしたの? 唐突に」

「いやな、比奈がこの家に住む以上、遅かれ早かれあいつ等には知られるわけだろ……」

「あー里奈達?」

「あぁ……俺に生暖かい視線を向けてくる里奈達だ……」

「さっきの独り言まだ引き摺ってたんだ!? 何、トラウマ!?」

 

 いやだって、間違いなく現実になるし……。

 だからといって、このまま何も知らぬ存ぜぬで通せるとは思ってはいない。

 絶対に、いつかは知られると思う。

 

 特に、春名が口を滑らせて、というパターンが五割以上の原因を占めそうだが。

 

「上手くカミングアウトするか……」

「しなくていいよ! 普通に説明しようよ!」

「お前には分からないんだ……。生暖かい視線を向けられて悶える羽目になる俺の気持ちは……」

「だから生暖かい視線って何なの!? 一体隼人君の未来に何があるの!?」

 

 隼人という人間の人権の危機があります。

 

「予想外に重ぉーい!?」

 

 それに加え、里奈とかに知られて誤解をされてしまう、というパターンは最悪だ。

 一日と立たずに学園内にでもその噂は尾ひれを付けて広がることは間違いない。

 里奈が、こんな話題を放っておくなんて有り得ないのだ。

 

「春名……。今から里奈に電話して、それとなくカミングアウトするんだ」

「何で!? 何で普通に説明しないの!?」

「だから俺の、人権保守のために……」

「だから凄く重いよ!? これ説明するだけのどこに人権の危機が訪れる要素があるの!?」

 

 盛り沢山です。

 そりゃもう、たっぷりと。

 というか一言間違えて噛むようならば、そこから徹底的に間違った方向へ理解をされかねないぐらいに。

 

「別にされないよ!! 普通に説明すれば皆分かってくれるよ!!」

 

 

 

 実践。

 

 

 

「は、隼人君が小学生誘拐してきたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」

「離せ春名……あいつを殺して俺も死ぬ」

「ちょ! その釘バットは何処からっ!?」

 

 失敗しました。

 

 拝啓、母さん父さん。

 俺は自分の人権を守る為に星になります。

 情けない息子でごめんなさ――。

 

「死なないでーっ!!」

 

 全力で止められて、断念しました。

 止めるために首を絞めては本末転倒だと思うのは自分だけでしょうか、春名嬢?

 

「おーい、春名。絞まってる、思いっきり絞まってるって」

「え、あ!? 隼人君死なないでーっ!?」

「思い切り白目向いてますね……」

「全力で絞めたわね……あの子」

「お、お兄ちゃーん!」

 

 とりあえず――暗転。

 

 

 

 

 

 

「あぁなるほど……そういうことなんだ」

 

 そんな大騒動も、隼人が目を覚ました後の隼人と春名の必死の説得により、何とか事情を飲み込んでもらえた。

 隼人としては、里奈ではなく春名に沈められたのが何か悲しいものを感じたのだけど、まぁそれは割愛して。

 

 とりあえず皆の姿は羽水家に落ち着き、今に至る。

 

「そう言えば確かに、『お兄ちゃん』とか呼んでたわね、その子」

「えと……比奈、です」

「比奈ちゃん、ですね。私は栗野美羽って言います。美羽って呼んでください」

「私は美衣よ。美羽の双子の、お姉ちゃんね」

「俺は楠原夏で、こっちが美衣達と同じく双子の――」

「弟の春だよ。よろしくね、比奈ちゃん」

「……双子、ですか?」

「あはは、やっぱり珍しいですよね」

 

 どうやら、知識として知ってはいても、実際に見たことは無いらしい。

 ……いや、実際は記憶が無いだけで、見たことはあるのかもしれないけど。

 

 まぁ、そんな双子がさらに二組いたということもあって、かなり驚いている様子だった。

 隼人も初めて彼等を見た時は同じような心境ではあったので、それには苦笑する。

 

「で、俺が和谷屋一弘だ。呼ぶ時は名字のままで大丈夫だぞ。皆そうだし」

「そして最後に私が、美鈴里奈だよっ。よろしくね、比奈ちゃんっ」

「? 何か里奈、ハイテンションだね」

 

 その様子がいつも――まぁ、そのいつもも普通とは言い難いのだけど――よりも高いテンションだったため、ふと気になったらしい春名が問う。

 すると里奈は、待ってました、とでも言わんばかりの笑顔を浮かべ、答えた。

 

「小さい子、大好き!!」

 

 ここにまさかの犯罪予備軍がいた!

 

「春名、警察に電話だ」

「え? う、うん……?」

「ちょーっと待ったぁーっ!? 春名も携帯取り出さないで!!」

「うるさい黙れ! 人を犯罪者扱いしたお前に、弁明の余地なんぞ無いんだ!」

「だぁーかぁーらぁーっ! 私、そういう意味で言ってませんよーっ!?」

「……はっ、お前まさか――カニバリズム人食文化主義か!?」

「ひ……ひぅ……っ!?」

「そうそう、小さい子って肉がおいし――ってんなわけあるかぁぁぁぁぁぁっ!! 誰も人食文化なんて持ち合わせてないわぁっ! 比奈ちゃんも嘘だからーっ!! 怖がらないでよーっ!!」

 

 うわぁぁぁんっ! と結構マジで泣き出した。

 

 ……でも誰も止めない、慰めない、無視する。

 里奈にはさっきのことを含め、日頃から皆何らかの出来事に巻き込まれているのだから。

 

「あの子、子供好きなのよ。確か進路希望も幼稚園の先生とか書いてあったし」

「あー、確かそんなこと書いてましたね。でもまぁ、子供達の相手としては適任だと思いますけど」

「まぁ……本人からして子供だしねぇ。まぁ一つ欠点あるけど」

「お前等、何気に酷いことさらっといってやるなよ……。っていうかさすがに近所迷惑じゃねぇか?」

 

 どうやら、里奈の無罪を晴らす気はあっても、やっぱり止める気は無いらしい。

 真実を隼人達に告げるだけ告げて、あとは我関せずの顔だ。

 けどまぁ、確かに近所迷惑は確かなので、仕方なく対処をすることにした。

 

「というわけで和谷屋。止めてくれ」

「何故、俺か」

「いやそういうのはお前の分野だろ」

「そんなことは別に――まぁいいか。比奈ちゃん、ちょっと」

 

 別に反論するだけ意味もないと悟ったのか、和谷屋はすぐに諦めると、このカオスな親友関係にオロオロしていた比奈を呼び寄せる。

 で、その耳元で何やら話すと、比奈は首を傾げながらも、一応はそれに頷いた。

 

 そして和谷屋から離れると、今だ泣き続ける里奈のもとへと歩いていき、

 

「えっと……元気、出してください……里奈お姉ちゃん」

 

 その背中を撫でながら、告げた。

 するとどうだろうか。

 今までおいおいと泣いていた里奈の動きがピタリと止まり、だが数秒後にはギギギとブリキの玩具よろしく顔を比奈へと向ける。

 もうその段階で若干ホラーだったのだけど、比奈は「ひぅ」と若干引きながらも、頑張ってそれに耐えていた。

 

 頑張れ、マイシスター(?)。

 

 そしてそのまま、数秒。

 

「はぅ」

 

 急に至福の笑みへと里奈の表情はシフトし――そして、何か、倒れた。

 

「よし、予想通り」

「そうなのか? 果たしてあれは予想が出来る出来事なのか? なぁ」

 

 様子を見るに、そんな比奈に励まされて気力を回復したのは分かった。

 でも、何故、倒れる?

 

「えっとね、隼人君。さっき春が、一つ欠点があるって言ってたでしょ?」

「あぁ、言ってたな」

「里奈ね、小さい子大好きで、世話をするのも上手なんだけどね。……その、何ていうか、妹キャラが弱点なんだとか」

「……」

 

 ……何? そのピンポイントな弱点。

 っていうか弱点ってそもそも……何?

 

「まぁ簡単に言えば、こういう状況になるってことよ」

「え、何? 小さい子に『お姉ちゃん』言われるとこうなるの、デフォルトなのか?」

「うん、デフォルト」

「……あり得ねぇ」

 

 何だその変すぎる性格。

 ……いや、体質? 特性? ……あぁもう、どうでもいいや。 

 

 とりあえずこのまま放置してもすぐ復活するそうなので、この際だから気にしないことにした。

 いや、それがいつも通りなんだけど。

 で、とりあえずその前でまたオロオロとし始めた比奈を呼び戻す。

 

「あぅ……何か里奈お姉ちゃん、倒れちゃったよ……っ?」

「あぁ……まぁ色々あったんだよ。それと、その呼び方はやめてやれな?」

「?」

「いいから、頷いとけ」

「う、うん……?」

 

 コクリ、と比奈。

 とりあえず、これは最終手段として覚えておくことにした。

 

 暴走を止める際、比奈がいれば今度から問題は無いだろうし。

 ただまぁ、耐性も出来そうだから多用は出来ないが。

 

「それで? まさかあなた達、わざわざこの子を紹介するために私達を呼んだわけじゃないでしょ?」

 

 さすが、察しがいい。

 今までに起きた全ての騒ぎを脇に置いて、美衣が少し真面目な表情になって告げる。

 

 もちろん、その予想は大当たりだ。

 この話の本題は、別の所にある。

 

 が、そのためにはまず、悪いけど比奈にはこの場から離れてもらわないといけない。

 だってその本題と言うのは、比奈が家族になったことではなく、その経緯にあるのだ。

 だからやはり、当事者である比奈には聞かせたくはない話だった

 

 そんなわけで、隼人は春名を肘で突っつく。

 すると春名もすぐにその意図を察したのか、軽く微笑んでから比奈の方を向く。

 

「比奈ちゃん。ちょっと私、お菓子とか買いに行くんだけど、手伝ってもらえる?」

「ふぇ? お菓子、ですか?」

「うん。私のお友達に、ね」

 

 さすがに切り出し方が不自然すぎただろうか、と春名は苦笑を浮かべそうになったが、やっぱり比奈もその辺りは歳相応か。

 その言葉に不信感を抱くことは無く、ただ急に話を振られたことに戸惑っていただけらしい。

 少し考えるような素振りを見せはしたが、すぐに笑顔に戻ってこくんっ、と大きく頷いたのがその証拠だ。

 

「というわけで、私達は近くのコンビニまで行ってくるね。二十分ぐらいで、戻るよ」

 

 つまり、『二十分で戻るから、それまでに話を終わらせてね』ということらしい。

 そう言うと春名は、比奈を連れてリビングを出て行き、やがて玄関の閉まる音が聞こえた。

 

 それを確認してから、隼人は「さてと」と仕切り直し、また皆の方を向いた。

 

「それじゃ、詳しい説明といこうか」

 

 

 

「――と言うわけで、比奈はこの家で預かることになった、というわけ」

「もちろん、出来る範囲で住んでいた場所だけでも分からないかは調べています」

 

 途中から麻子の説明も加わりながらも、何とか全部を春名達が帰ってくるまでに話し終えることが出来た。

 もちろん、それが確実に皆に伝わったかどうかがまた微妙なところだったが。

 

「……その、思ったままに言っていいですか?」

「あぁ、気持ちは分からないでも無いし」

 

 きっと隼人が今の彼女等の立場だったら、同じような質問を投げ掛けるに違いないから。

 

「じゃあ遠慮無く聞くけど……それ、全部本当の話?」

「残念ながら、な。かなり胡散臭い話だとは思うけど、さすがにこんなことで俺も麻子さんも嘘はつかない」

「……ま、そもそもそれを嘘って言ったら、比奈ちゃんがここにいる説明は出来ないのよね」

「美衣の言う通りだな……。比奈ちゃんがこうしてここにいる以上、それは本当の話ってことか……」

 

 隼人の返答に、皆が小さく頷く。

 一応ではあるが納得をしてくれた……そう取っても構わないのだろう。

 

「まぁ、俺達から頼みたいのは、ただ比奈には友達みたいに接してやって欲しいってことだけなんだ。だからこそ、こうして皆にわざわざ集まってもらったわけなんだけど」

「いやまぁ、その辺は気にしなくても平気だと思うけど。隼人君も、この中に人の生い立ちとかを気にする人がいないことぐらい分かってるでしょ?」

「だな。幾ら俺達だってそれぐらいは弁えてるし、それに比奈ちゃんはもう友達だ。わざわざそんなこと、言われるまでもないだろ」

「……そうだな」

 

 頼もしく、そして嬉しい言葉だった。

 ここにいる皆がこの事実を信じてくれて、そして受け入れてくれた。

 自分のことではないとはいえ、これ以上の結果は無いといっても過言ではなかった。

 

「ただいまー」

「ただいま、です」

 

 そこで、まるで間を計ったかのように二人が帰宅してきた。

 二十分にはまだ少し早いが、まぁタイミングはばっちりなので気にしないで置こう。

 

「それじゃ、お友達計画第一弾といこうか」

 

 こちらに歩いてくる足音を聞きながら、そう里奈が微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

  あとがき

 

 どうも、昴 遼です。

 さぁて、かなり不完全燃焼気味な今回。

 ぶっちゃけスランプ気味ながらも仕上げたようなものなので、仕方ないんですけどねっ!

 

 ……はぁ。

 

 どうにも最近、筆が進まないことが多いですねぇ。

 学校もそろそろ遊んではいられない時期になってきましたし……何とか打開策を見つけないと。

 

 まぁそんなわけで、今回はこっちも書くことが思い浮かびませんゆえ、これにて失礼しますね。

 

 でわでわー。




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