「それが、二人の答えでいいんだな?」

 カイト達と向かい合うようにソファーに腰掛けていたディオは、最後の確認の意味も込めてそう問うた。

 だが当然二人の決意は揺るがない。

 揺るぐはずもない。

「はい。俺達はディオさん達と行きます」

「私も、出来ることがどれぐらいのことなのかは分かりませんけど、行きます」

 決して揺るぐことの無い決意を口にし、二人はディオ達を見つめた。

 そしてその視線の中、ディオはため息を一つ。

「分かった。ありがとう。そして、本当にすまないな」

「いえ……頭、上げてください。決めたのは俺達ですから、ディオさん達に非はありません」

「それに、このことに関してはもう昨日の内に謝ってもらってますからね」

 そう微笑む二人にディオは苦笑を浮かべ、頭を戻した。

「だったら早速で悪いけれど……出発はいつがいい? 私達は、二人の都合に合わせるから」

 そこに入れ替わるようにセレナが口を開き、対しカイトとレンはお互い見合うことなく、だが同時に口を開く。

「「村の皆に見付からない内に」」

 そう。それがカイト達の答えだった。

 絶対にこの村に戻ってくると決めたから、旅立ちの挨拶をしない。

 すればそれが、どうしてか別れの挨拶に聞こえてしまう気がしたから。

「……分かった。だったら、二人の準備ができ次第出発しよう」

 何かを言おうと口を開いたのだが、二人の意思を汲み取ってくれたのだろう。

 そのディオの言葉に二人は頷き、

「あ、そういえば」

 不意に、レンが声を出した。

 三人がほぼ同時にそのレンに注目し、その中でレンは言葉を続ける。

「あの、カイトの家にあるその……魔力の込められたものって結局は何なんですか?」

 そういえば、そうだった。

 それは昨夜からの二人の疑問だったのだ。

 カイトもそれを思い出し、ディオ達の方を見たのだが――何故か、二人は困ったように苦笑を浮かべた。

 

「あー……それなんだけどな。さっきから魔力を辿って探そうとはしてるんだが……どうにも、見付からないんだ」

 

「……はい?」

 そしてそう答えるディオに二人は思わず目を点にした。

「何かの細工が施されてるの。魔力は探知できるけれど、近づいても見付かりにくくなってるみたい」

「つまりはまぁ……ちょっとばかり時間を掛けて探さないと駄目だ、ってことだな……」

「……えーっと……?」

 あれ? 何だか本末転倒ではないだろうか?

 その力の篭った何かを扱えるカイト達が必要ということは、必要最低限の条件にそれを持っていることが条件であるわけで……

「……えー」

 つまり、またどうせ、近いうちにそれを探すためにこちらへ戻ってくることになる……と。

 そう言うことらしい。

「でも、今から必要ってことじゃないから、向こうの世界である程度体を鍛えてからでも大丈夫」

「いや……それは別にいいんですけど……」

 昨日した決意とか……もしかして、半分ぐらいは無駄な内容になってしまったのでは?

 そう思わずにはいられなかった。

「まぁ、あれだ。どの道今はこっちの世界にそれが無いと道を繋ぐ魔力が無くなって戻って来れなくなるんだ。だから次来たときに探して、その時に何か魔力を持ったものと交換するって形になるんだから、別にいいだろ」

「……そういうものですか?」

 もの凄く誤魔化されているように聞こえるのは、気のせいだろうか。

「ディオによれば、そういうものらしい」

「お……おいおいマイハニー……何も責任は俺だけごふぅっ!」

「いい加減、懲りろ」

「ナ……ナイスパンチ……」

 それだけ言い残し、がくり、とディオは力尽きた。

 そのディオが完全に気を失ったのを確認してから、セレナはこちらを見る。

「二人は用意をしてきて。それまでにはこの馬鹿も起きてるから」

 そして、何事も無かったかのようにそう告げた。

「あ……はい」

「分かりました……」

 そんな光景の後だ。もとよりそんな気は無いものの、もはや逆らう気など起きず二人はただ頷いた。

 

 

 

 第四章 旅の始まる朝

 

 

 

「あの二人は、強いな」

 僅か五分ほどであの状況から復活したディオは、起き上がるなりそう呟いた。

「うん、強い。私達が思っていたより、ずっと」

 そしてセレナも同じようにそう呟いた。

 二人、共に予想は出来ていたことだ。

 しかしだ。

 予想しているのと実際に聞くのでは、全く話は違う。

 二人がどういう道を選ぶのかは、実際にはその時にならなければ分からないことなのだ。

 だから、実際にそれを聞いたとき、そう感じた。

 まだ二十歳にもならない少年少女の彼等が、あれほどの決意をしたのだから。

「俺達で守ろう。あの二人は」

「前にそれは私が言った。……だけど、うん。絶対に守り抜く」

 いや、守らなければならない。

 巻き込んでしまった。

 だから、自分達に出来る唯一のことはそれだけしかない。

 ならば自分達は、その決意だけでも貫き通そう。

 あの、強い二人の少年少女に負けないように。

「……ところでセレナ」

「何?」

 このシリアスな空気が流れている中、どうにもセレナの頭に嫌な予感が過ぎる。

 いや、それはもう長い付き合いだったから分かる。

 予感ではなく、確信だ。

「いい加減、あの呼び方を認めて――」

 

 その刹那、セレナの強く握られた拳が空気を穿った。

 

 

 

「なんだか拍子抜けだったね……」

 階段を上るカイトの後ろに続くレンはそう苦笑を浮かべた。

 先ほどの会話。レンが言っているのはそのことだった。

「……まぁ、すぐに帰って来れるっていうんだから良かったんじゃないか……?」

「……いいのかなぁ」

「……いいんだ、きっと」

 と、階段を上りきって自分の部屋の扉に手を掛けたところで、カイトは気付く。

「レン。お前なんでこっちに来てる」

 念のためというか確認のために言うが、レンはカイトの家には住んでいない。

 昨夜のことがあったとはいえ、レンはあくまでカイトと同じ一人暮らしだ。

 故に、準備をするのならば自分の家に向かうのが普通でカイトに着いてくる道理は無いはずなのだが……

「あ、カイトやっぱり気付いてなかったんだ」

「……いや、何にだ」

「カイトが朝ご飯作ってる間に、荷物まとめてきたんだ。私」

 えっへん、と無い胸を偉そうに張って、そう自慢してきた。

「……抜け目の無い奴め」

 こういう無駄なところではしっかりしているのは何故だろう。

 もう少しレンの両親はしっかりした人間だったと記憶してはいるのだが……。

 ――まぁ……いいけどな

「で、それはいいとして、だ。お前は俺の着替えでも覗く気か?」

 用意がどうであれ、このまま部屋についてくるのは色々とまずいだろう。

「違う違う。邪魔にならないようにカイトの部屋に荷物が置いてあるからね。取りに行くんだ」

「……わざわざ俺の部屋に持っていく方が、俺からしたら邪魔なんだけどな」

 どうせならば玄関とかにまとめておいてくれればいいものを、何故あえて部屋まで運ぶのだろうか。

 本当に、無駄なところだけしっかりしすぎだと思う。

「細かいことは気にしなーい。あ、カイトはまだ入らないでね。下着とか散乱してるし」

 扉の前に来たところで、恥じらいも無くこの少女は言い放った。

「……とりあえず何から突っ込もうか悩む言葉なんだけどな。まず何故俺の部屋で荷物をぶちまける。しかも下着」

 それはもう、少女としてどうなのか。

 というかもう少し羞恥心というものを持ってほしい。幼馴染として、切にそう願う。

「荷物のね、確認してたんだ。忘れ物ないか、って。それで、下着に忘れ物が無いか探してたら、カイトが朝ご飯に呼んだの」

「そんなの、荷物をまとめるときにしろっての」

「時間が無かったんだよ。それじゃあ、いいって言うまで入っちゃ駄目だよ」

「安心しろ。頼まれても入らない。誰がお前の散乱した下着なんか見たがるか」

「うわ……その言葉は言葉で何気に傷つくんだけど……」

「……入ってほしいのかほしくないのかどっちだ。お前は」

「入ったらシメますよ?」

 と、そんな物騒な言葉を残し、レンは扉の向こうへと消えた。

 ――……本当に入ったら、殺されなくとも半殺しは免れないんだろうな

 女の恨みは怖い。それはセレナを見ていて、よく分かった気がする。

 もっともそんな行為はカイトの中の本能が警笛を鳴らしているために実行に移そうとも思わないが。

 だが、それにしても。

「幼馴染って言っても、普通男の部屋でぶちまけないだろ……下着」

 それがある意味、一番の謎だった。

 

 ちなみに。

 当のレンといえば、幼馴染の少年の部屋で寝るに関してはあそこまで 恥ずかしがっていたのに、下着云々に関しては何も感じていないらしい。

 ……まぁ、さすがはレンと言ったところだ。

 やはり普通の少女より、どこか何かがずれているのだ。

 

 

 

 レンが部屋から出てきたのはそれから二分ほどした後だった。

 普通の少女ならば用意にはもっと時間が掛かるものだとは思うのだが、もう一度言うように、どうやらレンにその常識は当てはまらなかったらしい。

 皺になるとか、そんなのは全く気にしてなさそうだ。

 

 結局、レンと入れ替わりに部屋に入り着替えと準備を済ませたのがそれから少ししてから。

 

 しかし、階下に下りたカイトとレンを待っていたのは、いつの間にか復活していたディオが再びセレナの鉄拳制裁を受けている場面だった。

 

 

 

「こいつの馬鹿は、死んでも治らない」

 再び深淵へとその意識を沈めたディオの背中を見下しながら、セレナはため息混じりに呟いた。

 だがそれを聞くカイトとレンに出来るのはただ苦笑を浮かべるだけだ。

「それじゃあこの馬鹿が起きたら行くけれど……いい?」

 それは旅立つことに関しての問いではない。

 本当に何も言わなくていいのか。そういう意味の問い。

 だが、それを分かっているからこそカイトは頷く。

「はい。大丈夫です」

 そして、レンも頷いた。

「帰ってきますから。私達は」

 もっとも、セレナもその返答を予想していたのだろう。

 そう、と小さな笑みを浮かべて頷くだけで、それ以上その件に関しては何も言わなかった。

 

「ところで、セレナさん」

 ふと、カイトが台所へと飲み物を入れに行っている時を見計らってレンが口を開いた。

「何?」

「あの、訊きたいことがあるんですけれど……いいですか?」

 控えめなその問いに、セレナは頷きを返す。

「セレナさんとディオさんは――いえ、どうしてセレナさんとディオさんが、私達のところへ来たんですか?」

 多分、それはあまり聞くべき内容ではないことぐらいレンは分かっていた。

 だがそれでも、それは知っておいた方がいいと、レンはそう思ったのだ。

「……私の住んでいた街が一つ。滅ぼされた」

 そしてセレナもそれを――話しておいた方がいいと悟ったのか、そう口を開いた。

 いつも通りの口調で、だが重い、その内容を話し始めた。

「今、私達が敵としている存在。それが、私の住んでいた都市を滅ぼしたの」

 それは、想像に難いことだった。

 都市といえば、大きさはかなりあると見ていいだろう。

 だが、それを滅ぼすなんて――

「そして、私は一人。その都市で生き残った」

「……だから、復讐を?」

「……初めはそうだった。けれど、今は違う。確かにあの時、私は復讐を決意した。だけど復讐は何も生まない。そう、教えてくれた人がいた」

「あ……」

 想像が付いた。

 そしてそれはセレナも察したのだろう。

 頷く。

「この馬鹿――ディオが、それを教えてくれた。一人になった私を励ましてくれて、半面で叱咤してくれた。だから私は、復讐じゃない決意をした」

「それが……世界を救う、ですか?」

「そう。私で出来ることをすべてやって、何としてでも私達の世界を守ると決めた。……ただ、やっぱりそれで二人を巻き込んでしまったのは、悪かったと思ってる」

「いえ……それはもういいです。私達が決めたことですから」

「……ありがとう。……それで、私に出来ること探しているうちに、過去の文献でこの世界にある二人にも話した力の存在を知ったの。それで私は、ディオと一緒にこの世界を訪れた」

 それが、セレナの理由の全てだった。

 セレナがカイトとレンを守ると言ったのも、どちらかが死んでしまったとして、一人になった時がどんなに辛いことかを知っているからなのだ。

「……ディオさんって、いい人なんですね」

 だからレンは言った。

 そんなセレナを励まし、そして今も傍にいるディオのことを。

「……この性格さえなければ、もっとよかった」

「あー……セレナさん。それ、違います」

 にこり、と悪戯な笑みを浮かべ、そう返した。

 首を傾げたセレナに対し、レンはその笑みのままこう告げた。

「ディオさんのあの性格だからこそ、セレナさんを励ませたんですよ。それで、ずっと傍にいてあげられるんです。……それに気づいてあげないと、ディオさんが可哀想ですよ?」

 その言葉があまりにも意外だったのか、セレナは一瞬きょとんとした表情をする。

 だがすぐに考え込み、しばらくしてから、

「……そういえば、そうかもしれない」

 そう呟いたのだった。

 

 そして、その会話を台所から聞いていたカイトは息を一つ吐いた。

 ――レン……あいつ、気付いてるのか?

 そう自問して、首を横に振った。

 気付いてはいないのだろう。

 セレナもディオも、結局は二人ともがいい人なのだ。

 今のセレナの話だと、セレナは何としても自分達の世界を救いたいはずなのだ。

 だが、それでも、その話はレンに聞かれるまでしなかった。

 ……つまり、自分達の世界を救いたいという反面、カイト達のことを考え、同情からの協力などされないようにその話を伏せていたのだろう。

 ――だけど協力する以上は、聞いたほうがいいし話したほうがいい……か

 おそらくレンが分かっているのはそこまでだ。

 まぁそれもレンらしいといえばらしいのだが。

 ――……ぶっちゃけ、鈍いだけなんだよな

 そう心の中で苦笑を浮かべた。

 

 もっとも、カイトもカイトとて鈍い面があることに、当のカイトは気付いてすらいないのだろうが。

 

 

 

「さて……そろそろ行こうと思うが、大丈夫か?」

 机の上に出されていたお茶を飲み干して、復活したディオは告げた。

 カイトとレンがその言葉に顔を合わせ、頷き、

「はい」

「大丈夫です」

 答えた。

 その返答にディオとセレナもまた顔を合わせ、頷く。

「今から転移魔術を使うけれど、移動の際には少し慣れが必要。だから、今後のためにもこれには慣れておいて」

 そう言うなり、セレナはカイトとレンの返答を待つことなく目を閉じた。

 そして、すぐにその口からは言葉が紡がれていく。

「とりあえず、上下左右の概念だけはあるから安心していいぞ」

 ディオが笑いながら言うが、同時に二人の頭に嫌な予感。

 ――……『だけ』?

 そしてその予感は、哀しくも的中することとなる。

 

【異世界とを繋ぐ道】(テラ・リューム)

 やがて、詠唱を終えたセレナが魔術を発動した。

「「うわ……」」

 始めて見るその光景に、カイトとレンは思わず呟く。

 空間が歪む。

 見たことの無い現象が、目の前で巻き起こされていた。

「行くぞ、二人とも。魔力の操作――はまだ無理だろうから、自分がどこにいるのか、それを心に描いておけ。そうしないと流される(、、、、)からな」

 そしてディオのその言葉を最後に、四人は一斉にその歪みに飲み込まれた。

 

 歪んだ空間の中は、異空間と言っても過言ではないものだった。

 周りの景色が一瞬にして今の光景に変わったと思えば、地面が消えうせ、浮遊感が体を襲う。

 だがディオの言った通り上下左右の概念はあるようで自分がどちらを向いているのかは分かったが……

「気持ち悪いですね……」

 ディオの言う通り、自分がどういう位置にいるのかを出来る限りで頭に描いてみたところ、魔力の操作か何かが無意識に出来ているのだろうか、ただ浮遊感があるだけに収まった。

 だがその慣れない感覚に、少し酔った感じにもなってきたのだが。

「すぐに慣れるさ。……ところで、カイト。あっちは大丈夫なのか?」

「……え?」

 そう言ってディオが指差した先。

 

「あぅあぅあぅー……」

 

 ……ディオの言った通り、レンが確かに流されていた。

 ゆっくりとアクロバット大回転をしながら、レンの体は上下左右縦横無尽にこの空間を流れていた。

「……いやもう。こっちが訊きたいですよ。あれ、大丈夫なんですか?」

「……まぁ、かなり酔うだろうが……他には大丈夫だろうけど」

「……あの、ディオさん」

「まぁ……そうなるだろうな。だけど、セレナの方が動くのは上手いから――セレナ、頼む」

 が、ディオが言うよりも早くセレナは動いていた。

 レンの動きとはまるで対照的に、真っ直ぐレンの方へと進んでいくと、その襟首を見事に引っ掴む。

 ガクン、とレンの体が揺れて、だがそこで動きは止まった。

「うぇ……ぎぼぢわるい……」

 ……しかし、早速酔ったようである。

 どうにも、幸先不安。

 というか、レンがこれに慣れる日は来るのだろうか。

 

「そろそろ到着するから、体をちゃんと下に向けておいて」

 不意にセレナがそう言い、言われた通りにカイトはやっと少しは慣れてきた動き方で体を下へと向ける。

 そしてそれと同時、周りの空間がまた歪んだ。

 だがそれも一瞬。

 次の瞬間には彩りが生まれ、そして歪んだ空間は一つの景色へと変わっていた。

 ディオとセレナ、そしてセレナに抱えられたレンは事無く着地し、カイトも何とかたたらを踏みながらも地面を踏みしめる。

「ここが、俺達の世界だ」

 そして、位置的にはカイトやレンの前方に着地したディオがそう手を広げ、そう告げた。

 

 

 

  あとがき


 皆さんどうも、昴 遼です。

 これで合計一日分、一回りしたのかな。

 しかし予想外。なんと原作と同じ話数で異世界突入じゃないですか。

 ……いやまぁ、プロットを仕上げたのは私ですがね。

 でもまぁ、この先の到着場所での滞在時間が長くなるから問題無しですので気にしない。

 で、次回ですが。例によってディオの母上殿登場です。

 ただし性格はかなーり違いますけどね(ぇ




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