夜、月明かりの下を歩く影は二つ。
「……なぁ、セレナ」
宿屋に向かう道を歩きながら、ディオは隣を歩くセレナへと声を掛けた。
「分かってる。私だって、あの二人を巻き込みたくは無い。だけど――」
「……それは俺も分かってるさ。あの二人の力は必須なんだ。もう、どう事態が動こうと」
もう自分達には手段を選んでいる暇など無い。
自体は一刻を争うのだから。
でも、だ。
もし本当に彼等がいいと言ったとしてもそれで終わるわけはない。
仮にもしそうなっても、どのみち自分達にやることがあるには代わりが無いのだから。
「大丈夫」
そんなディオの心境を理解したかのように、セレナは言った。
「そうなれば、あの二人は絶対に守り抜く。私達が、絶対に」
もう苦笑を浮かべるしかなかった。
そんな、どう考えたって心を読まれたとしか思えない台詞を言われては。
「そうだな」
結局は苦笑を浮かべたまま、ディオはそう返していた。
第三話 各々の想い描く夜
静寂に満たされた部屋で、不意にカイトが腰を上げた。
「レン、何か飲むか?」
「ん……大丈夫。まだ喉渇いてないよ」
「そっか」
上げかけた腰を再びソファーへ預け、天上を仰ぐ。
今だ実感が湧かない。
自分達にそんな力があることも。この家にそんなものがあることだって――
「……そういや、そんな力が込められた物なんて、この家の何なんだろうな」
「さぁ……セレナさん達は形状は分からないって言ってたし。多分、ルークさん達の持ち物か何かなんじゃないかな」
「父さん達……か。でも、俺が見た限りそんな物は無かったとは思うんだけどな」
これでも小さい頃は、好奇心でよく両親の部屋を引っ掻き回しては叱られていた。
だからこそ鮮明に覚えているし、忘れることも無い。
しかしそれでも当てはまる物は思い浮かばなかった。
上手くカモフラージュされているのか、もしくは初めからそういう風に見えないように作られたのか……
「……とりあえず、明日辺りに探してみるかな」
「うん、そうした方がいいと思う。……けどカイト。『今度』ってことは――」
「俺の性格、分かってるだろ。頼られたら、断れない人間なんだよ。俺は」
「でも……もう戻って来れないかもしれないんだよ? 本当に、一生」
声のトーンが少し下がる。
レンの言いたいことは分かる。
向こうの世界に行ったとして、こちらの世界に戻ってくる術はあるのか、という意味ではないのだ。
第一それは、ディオ達がここへ来れたことが実証している。
レンもそれは分かっているはずだ。だから、レンの心配というのは――
「死なないさ。そんなことで俺は、な」
――カイトという存在の死。
「……分かってるよ。私だってそう思ってるし、思いたい。だけど、それでも心配だよ……」
ぽふっ、とレンの頭が不意にカイトの肩に乗る。
「カイトとはずっと一緒だった。だから、いなくなってほしくなんかないし、これからもずっと一緒がいいよ。もちろん、変な意味でじゃないけど……」
「俺だってそれは同じだ。お前とはずっと、兄妹みたいに育ってきたから」
「……うん」
「俺も変な意味じゃなく、お前とは一緒の方がいい。落ち着くし、多分この家以外ではもう一つの居場所みたいなものなんだ」
「……うん」
「……今日はもう寝よう。レンもどうせ、今日は泊まっていくんだろ? 俺のベッド貸してやるから、また明日話そう」
「……分かった。明日、だね」
「俺はここで寝てるから、何かあったら言えよ?」
「うん、おやすみ」
「あぁ。おやすみ」
「……」
「なぁセレナ……」
「……」
「いい加減、機嫌直さないか?」
「……別に怒ってない」
そうは言うもの、先程から微妙に目が釣りあがっているのでその言葉の信憑性は薄い。
「仕方ないだろ? 確かにこんな遅くに来た俺達に非があるんだし、別に俺が何かしたわけでもないし……」
「うるさい。そういう問題じゃない」
「あのなぁ……」
村の中の唯一の宿屋。
その一室に、二人は集まっていた。
……いや、
外はすっかり夜の静けさと暗闇に包まれていて、そんな時間にこの宿を訪れた二人が取れた部屋は一室だけだったのだ。
こんな辺境の村だかららしい。部屋の数など、普通の一戸建ての家よりも少ないのだそうだ。
しかし、そこはセレナとて女性の身。
気が知れているとはいえ、やはり男性と同じ部屋で寝るのは抵抗があるのだろう。
野宿とは違う、何だか分からないが変な感じというかそういったものがこみ上げてくるわけで。
「……」
また無言。
すでにこのやり取りも五分近く続いていた。
しかしまぁ、ディオもディオなのだ。
セレナが気にしていないと言っている時点でベッドで寝てでもしまえば、もう明日まで何も起こるはずはないのに。それなのに、わざわざ声を掛けているのだから。
惚れた弱み、というやつなのかもしれない。
「仕方ないな……。だったら俺は受付の方でソファーでも借りて寝るから、セレナはここで寝てくれ」
結局はそう言った結論になり立ち上がろうとすると、ふとセレナからの視線が変わる。
「……悪かった」
ちょっと自分勝手に見えるこのやり取りも、実は二人にとっては慣れたもの。
だからディオが引けばセレナもしっかり謝るし、逆の立場でも然り、なのだ。
部屋を出て行くディオを見送って、セレナは息を吐いた。
「……自分勝手」
自分に対する叱咤。
分かってはいるのだが、何故かディオの前では素直になれない自分がいるのだ。
しかも、既にディオが相手ではこの会話もほとんど定着してしまっていて、直すのもなかなか難しい。
どうしようか、と考えてみるが、やはりどうしようもないという結論に至るまで一分掛からなかったために少しだけ自己嫌悪。
だが、終わってしまったことは仕方無い、か。
ため息を吐いて、布団に包まった。
そこで改めて別のことを考える。
他でもなく、カイト達のことだ。
明日になれば、またセレナ達はカイト達を訪れる。
そうなればきっとカイトは了承の返事をすることだろう。
そしてレンもおそらくは――
「……きっと、ずっと一緒にいたんだから当然……」
――レンはカイトに着いていくことを選ぶのだろう。
長い年月を一緒に過ごしてきたからこそ、離れるのがどういう想いをもたらすかなんてセレナは痛いほど知っている。
けれど、だからこそ。
「……あの二人には、
布団の中で知らずの内に拳を握り呟いた。
受付に座っていた人には怪訝そうな表情をされたものの、何とかソファーを借りることが出来たディオはその上に横になっていた。
もしかしたら、と今になって気づいたのだが、痴話喧嘩でもやってきたとでも思われたのかもしれない。
まぁ実際、確かに近いものかもしれないが。
「俺は……何のためにこんな所に来ているんだか」
暗い天井を見上げながら呟く。
自分達の都合で、関係の無いカイト達を巻き込もうとしている。
それが今のディオにとっては苦痛となっていたのだ。
自分達では確かにあの問題は解決できない。
だから他人である、しかも何の関係も持たない少年達を巻き込む。
そんなことは、本来なら許されてはならないことだ。
しかしカイト達の力が無ければ事態を動かせないのも事実である以上、こちらも動かないことには仕方が無い。
「どうしたものかな……」
そこまで広くは無いソファーの上で一度寝返りを打つ。
事実を言ってしまえば、今のディオ達にあるのはカイト達に協力をしてもらうか、否か。その二択以外は無い。
だからこそ余計迷う。
見ず知らずの、今までを平穏に暮らしてきた少年達の平穏を奪っても自分達の世界を救うのか。
自分達の世界を見捨て、この世界の少年達の平穏を守るのか。
そんなこと、簡単に選べるはずも無いだろうに。
「……はは。こうして悩んでる自分が馬鹿みたいだ」
不意にそう苦笑を浮かべた。
恐らく、カイト達は既に答えは出ているのかもしれない。
それなのにその問い掛けを運んできた自分達が悩んでいてはどうするのか。
「あの二人の判断に、俺達は任せればいいか」
それが多分、自分達の出来る範囲で最善のことなのだろう。
人任せというのだろうが、それでも自分達で選んでしまうよりはよっぽどマシなはずだ。
「まぁ……全ては明日、だな」
もう一度寝返りを打って、それっきりディオは目を閉ざした。
そういえば、と。レンは思い出す。
こうしてカイトの家に泊まったのは、何ヶ月ぶりだろう。
最後に泊まったのは確か――そうだ。カイトが風邪を引いて、その看病に来た時。
――でも、カイトの部屋に泊まるのは初めて……だよね?
もしかしたら小さい頃にはあったのかもしれないが、それでも記憶の中ではこれが初めてのはずだ。
――……うっわぁ、よく考えたらこれ、凄い恥ずかしい状況だぁ
幼馴染で、しかも異性の部屋に泊まるとなれば、この歳になれば相当に恥ずかしさが込み上げてくるのが普通であって、
「眠れって言う方が無理じゃん……これ」
現にレンの頬は少しばかり赤くなっている。
思い出さなければよかったと後悔するが、一度意識してしまったが最後。
恥ずかしさに布団に顔を埋めれば、何故かカイトの匂いがしている気がするし、強く目を閉じれば何故かカイトの顔が浮かぶし。
――ちょっとした生殺しだ……
成す術なし、といったところか。
哀しげにため息を吐き、ベッドから下りた。
そして窓を開け、空を仰ぎ見る。
「カイトのこと好きなのかなぁ……私は」
自分の気持ちなんて自分が一番よく知っているはずなのに、その辺りがどうにもはっきりしない。
確かに意識はしているとは思うのだが、それが果たしてそういった感情に繋がるのかが分からないわけで。
「……うーん」
空を見上げたまま首を傾げてみるが、どうにも分からない。
自分はそこまで鈍感というか、あまりそう言ったことには鈍くは無いとは思っているのだが……。
「はっきりしないんだよねぇ……いまいち」
ため息をもう一度吐いて、また空を仰ぐ。
まぁ、と呟くように口に出し、思考を切り替える。
確かにそれも大事なのかもしれないけれど、今考えるべきは別のこと。
「カイトは……行くよね。絶対」
カイトが言っていた通り、レンはカイトの性格は熟知しているつもりだ。
だからこそカイトがどういった答えを出すかなんて想像は出来る。
だが――
「……私は、どうするんだろう」
正直に言ってしまえば、恐かった。
もしかしたら自分達が死ぬ可能性だってある。
だから、万が一訪れてしまうかもしれない死による別れが恐かった。
もしこの話が死ぬことの無い話だとすれば、カイトだけではなくレンも二つ返事に了承しただろう。
実を言ってしまえば、レンの性格も根本はカイトと全く同じなのだから。
だがこれは話が違う。
これは、確実でないにしろ、死が付きまとっている話なのだから。
だからレンは答えを出すのを躊躇っていた。
「……どうすれば、いいんだろう」
例えそうであっても、カイトの決意は変わらないはずだ。
だとすれば、あと決意をするのは自分だけ。
……選ばなければならない。
今まで通りの平穏か、それを捨てて別の世界の平穏を取り戻すか。
カイトと別れるか、共に行くか。
「私は――」
もう時間は、あまり無いのだ。
明かりの一つも無い部屋の中で、カイトはため息を吐いた。
念のため言えば、そこには本当に一握りの、月明かりすら存在していない。
つまりそこは完全にカーテンが締め切られてしまっていて、先程までいた部屋でも無ければカイトの部屋でも当然ない。
この場所を例えるのならば、一種の想い出が詰まった場所と言えばいいのだろう。
実際にはこの部屋での思い出なんかありはしないのだが、それでも想い出があることに変わりは無い。
それを証明するかのように、カイトは暗闇の中、何に躓くことも無く平然とその部屋の中を歩く。
「あるとしたら……ここ以外にあり得ないんだけどな」
部屋の奥まで辿り着くと、そこにあったカーテンを開け放って、今まで入ってこなかった月明かりをその部屋の中へと招き入れた。
視界に、暗闇から月明かりに照らされた部屋が入ってくる。
実はレンを二階へと見送った後、カイトはこの部屋へと来ていたのだ。
その理由は一つ。
ディオ達の言っていた何かを探すため。
そしてディオ達の話が正しければ、それはかなり昔からこの世界にあったこととなる。
果たしてそれがカイト達の生まれたときからあったのかと言えばそれは分からないのだが、確立は高いと見ていいだろう。
そしてそんなものならばカイトや、ましてやこの家の人間ではないレンが持っているはずは無い。
となればそれが唯一ある確立があるところといえば、それはここ――カイトの両親の部屋だけ。
「さてと――」
そこまではいいのだ。
そこまでは、分かることが出来た。
だが問題はここからまではない。
「――探す、か」
ここからなのだ。
それの形は分からない。どんなものなのかも分からない。さらにカイトにはそれを探知する力などありはしない。
完全な手探り作業。正直、気が遠くなりそうだった。
この部屋にあるものだけでも単純計算でカイトの部屋の倍はあるのだから。
だがそれでもやるしかない。
レンにはああいう言い方でさっさと寝かせたのだが、それはちょっとした私情からだ。
レンに事情を話せば、レンは二つ返事に探すのを手伝ってくれるだろう。
が、だ。
それでもカイトはしなかった。
なぜなら。その理由は簡単。
例えレンであっても、この部屋を物色してはほしくなかったのだ。
想い出の詰まっている、この部屋だけは。
「自分勝手だな……俺も」
誰の意見も聞かずに異世界へ行くことを決めてしまった。
それだけではなく、その理由を探すことですら自分の都合や感情でレンから隠している。
本当に自分勝手だ。
そう思い、でもすぐに手をぐっと握る。
「……やろう」
首を二、三振って雑念を振り払う。
それから腕を捲くり、作業を始めた。
そんなことに既に気づいている幼馴染の少女が、扉のすぐ外にいるなんて知りもせずに。
「……馬鹿」
その少女――レンは、扉にもたれかかるようにしながら呟いた。
何でも自分で抱え込んでしまうのは、カイトの悪い癖だ。
レンだって、伊達に十何年もカイトと一緒に生きてきたわけではないのだから、カイトが何を思っているのかぐらいすぐに分かる。
だから、この部屋だけは自分が決して物色なんかしてはいけない部屋であることなんか分かっているのに。
それをカイトは分かっていない。
「この、鈍感……」
それぐらい、理解してほしい。
そして自分を、少しは頼ってほしい。自分で抱え込まずに話してほしかった。
「……あ、でもそうするとカイトのキャラクターが崩れるかな……」
ちなみに……付け足そう。
レンは、こういう時にはデリカシーに欠ける人間である、と。
……閑話休題。
まぁ、とレンはしばらくしてから苦笑を浮かべる。
そんなカイトだから、自分が近くで支えていこうと思ったのだ。
そしてそう思ったから、自分は今の結論を出したのだから、文句は無いかもしれない。
自分が支えて、支えられて、そうやっていけばいいんだ。
悩むことなど無かった。
別れなど訪れさせはしない。
カイトに死が迫れば、自分が守ればいい。支えればいい。
そしていつか、またここへ戻ってこればいいんだ。
それだけ。たったそれだけの話。悩む必要は無かったのに。
自分が決意をして、それに気づいて、それだけの話だったのに。
「本当に……悩んでた私が馬鹿みたいだよ」
答えはそんな簡単なことだった。
どうして今まで気づかなかったのかと苦笑をもう一度浮かべた。
しかしまぁ――
「とりあえずは、カイトが出てくるまで待たないとね……」
そしてこの話をするのだ。
自分はカイトに着いていくと。その決意だけを言葉に出せば、それでいいのだ。
壁に背を預け、廊下にゆっくりと座り込む。
「驚く……のかなぁ」
その反応が妥当だとは思うが、しかしカイトだ。
もしかすれば、笑顔のままに何かを言ってくる可能性だってあるか。
――何て言ってくるか、少し楽しみかもね
そう思いながら視線を扉へ向けると同時。
扉から音がして、そして少しばかり疲れた表情のカイトが顔を出した。
「……レン?」
そして扉の前に座っていたレンを見つけると、驚愕と混乱が入り混じった様な表情を浮かべた。
「お疲れ様」
だが、当のレンは何事も無く笑みを浮かべて立ち上がりカイトを迎える。
が、よっぽどレンがいたのが予想外だったのだろう。
扉を開けた格好のままカイトは十秒ほどは固まっていた。
「あのさ、カイト」
なので、こちらが言いたいことを忘れないうちに先手を打つことにした。
「決めたよ。私はどうするか」
その言葉にまた五秒ほどカイトは硬直し、やがて何の話かを理解して頷いた。
「……あ、あぁ。……随分と唐突だな?」
「まぁね。でも話すなら早いほうがいいかなって」
実際はそんなことではなく、明日になるのが待っていられなくてこうなったのだが、それを口にすると何だか恥ずかしいのでやめた。
「私は行くよ。カイトと一緒に」
「……いいのか?」
もしかしたらまた硬直するのかな、何て思ってみたが、見当外れだったらしい。
表情を変えると、扉を閉めてからこちらを見つめ返す。
「カイトだって私の性格知ってるでしょ? 一度言ったことは、絶対に変えないよ?」
にこりと笑ったそう言った。
ただ、その言葉の奥の本心を伝える気は無いのだが。
この言葉に至っては、恥ずかしいを通り過ぎて言いたくなんか無い。
何か、下手な告白のような気がするし。
しかもそれはさっき意識してしまったことなので、多分言えば途中で顔が赤くなるだろう。そうすれば、それこそ誤解を招いてしまう。
が、それでもこれだけは伝えようと、レンは口を開いた。
「それに、もう一度言うけど。私はカイトと離れ離れになんかはなりたくないんだ」
そう笑みを浮かべた。
ただ――……やっぱり赤面は免れなかった。
結局、無駄な誤解を招いたカイトを説得するのに、自分の決意を伝える時の三倍近い時間を掛けたのを付け足しておく。
――こんな時ぐらいシリアスになれないのかな……私は……
と、ちなみにそんな心の声があったことも付け足しておこう。
あとがき
皆さんどうも、昴 遼です。
さて、前回あとがきに書いたとおり書いた通りに夜のお話です。
一応は四人が夜に想うことは、という感じのテーマで仕上げたつもりなのですが、キャラクターの台詞とかに矛盾があればそれはご愛嬌ということで。
まぁ指摘をいただければ一応は直せるとは思いますが……
ともかくともかく。また次回をお楽しみにしていてください。
では今日はこの辺りで。