第二話 出会い訪れる昼
「っ!」
不意に腕が熱を帯びたように熱くなる。
そこが、魔物の持っていた武器に切り裂かれたと知ったのはすぐ後だ。
「どうなってんだ、この強さはっ!」
そうなのだ。
いつもならば、カイトでも一太刀で切り伏せることは難しくはない。
だが、今この村を攻めている魔物の強さといったら、いつも通りでは無かった。
いつもならば当たるはずの剣筋が避けられ、いつも以上にその動きは素早い。
つまりは全体的に魔物の強さというか、とにかく上がっているのだ。
「分からないよ! でも、今叫んでたって――っ!?」
後ろから聞こえてきた声が、一瞬途切れる。
「レンっ!?」
「大丈夫! 掠り傷だよ!」
そうすぐに返事が返ってきて、ほっとする。
だが、内心は焦りが増した。
あの肉弾戦とか、接近戦関係ではカイトよりも格段に強いレンですらが傷を負っているのだ。
そして周りでも、同じく何人もの村人が傷を負っている。
一体何がこの魔物達をここまで強くしたのだろうか。
先程と同じ疑問を頭に浮かべてみるが、やはり答えなど出るはずも無かった。
「く――そっ!」
反撃とばかりに横凪ぎに払った剣も、僅かに魔物の腹を掠るだけ。
それどころか、先程受けた傷のせいでその一振のキレも落ちてしまっている。
今だけは剣などという重量を伴ったものではなく拳一つで戦えるレンが羨ましい。
が、無いものねだりとはまさにこのことであって、どうにもならないことを悟りつつまた一振。そして避けられていく。
このままでは間違い無く、そしてもう長くないうちに自分がやられてしまう。
そんなことは、ごめんだ!
「はぁっ!」
気合と共に振るった剣はやはり避けられてしまうが、それでもいい。
今の目標は――地面!
剣が地面を抉り、破片が魔物の体を、顔を、目を撃つ。
そしてその一瞬に魔物が怯んだ。
「おぉぉぉぉっ!」
そしてその隙に放たれた突きが魔物の腹を貫いた。
――これでやっと、一匹目。
だが、一瞬だけでも安堵してしまったのがいけなかった。
そして、突いたのも悪かった。
剣を抜く際に背後が全く無防備になるなんて、考えも出来なかったのだから。
「カイトっ!後ろ!」
レンの叫び声が耳に届く。
急いで剣を抜き、振り返ったときにはもう遅い。
確実に、絶対にどんな行動も間に合わない速度で魔物の持つ武器が振り下ろされていた。
「――っ!」
目を瞑る。
間に合わないと悟ってしまった。
だが、刹那。
ガギンッ。と、鈍い
「……え?」
確かに今、聞こえたのは金属音だった。
自分が切り裂かれる感覚も無く、だが、確かに武器振り下ろされたらしく、その風圧だけが髪を舞い上がらせた。
「大丈夫?」
目を開けた先。
人が一人、いた。
見慣れない女性が、その魔物の一撃を自分が持つ剣で受けていた。
「あ……え……えぇ?」
呆気に取られる。
というか、想定外。
自分が切られると悟ってしまったカイトにとって、それは驚き以外の何でもなかった。
「……大丈夫?」
だが、そんなカイトの心情を悟ることなくもう一度同じ問い掛け。
「あ……大丈夫……だけど」
やはり驚愕の声は隠せず、とりあえずそれだけを返しておいた。
「そう。だったらいい」
その女性――セレナは、魔物の武器を自分の持つ剣で押し返すと、素早い動作で剣を引き戻し、その魔物をいとも簡単に切り伏せる。
強いと思う間もない。
いや、心にそんな余裕はもとから無かったのだが。
ともかく、セレナの動きは、カイトやレン。周りの全ての村人を軽く超えていた。
剣を素早く振り、避けられれば地面を蹴り込んでその方向へと跳び追撃を加える。
切りかかられれば、剣の腹でそれを受け流しすぐさま蹴りを叩き込む。
そうして開けた隙に、剣で切り込んでいく。
やはり、都市の方から来たのだろうか。
明らかにその腕は剣の施しを受けていて、それで尚且つ、かなりの窮地を切り抜けてきたような感じだ。
素人目で見てもそれぐらいは分かる。
セレナの剣の一振で、一匹、また一匹と魔物が地面へと付していく。
と、後ろから聞こえた雄叫びでカイトもやっと思い出す。
自分もぼうっとしている場合ではない。
後ろから迫っていた魔物へ剣を振るうと、相変わらずその一撃は避けられてしまう。
だが――
「そこだぁっ!」
――そこにレンが飛び込み、魔物を殴り飛ばした。
人は学ぶ生き物だ。
一対一では分が悪いのはもう分かった。
ならば、二対一で戦えばいい。それだけのことなのだ。
周りを見れば、さすがは小さい村だ。
皆が皆知り合いである以上、すぐに近くにいた誰かと組み、今のカイト達と同じ状況を作り出していた。
いやむしろ、カイト達の方が遅かったぐらいだ。
「ちょっと周りを見れば気づいたことなんだよね。苦戦してるの、実は私たちだけなんだってこと」
「みたいだな……。まぁ、それもさっきまでだろ?」
「うん。もちろん」
「だったら、行くぞ! レン!」
「了解!」
二人が同時に地面を蹴り、真正面の魔物へ向かい跳ぶ。
しかし、こちらの攻撃が届く前にその魔物は反応し、腕を振るう。
その刹那のタイミングに二人は互いを押し合い、横へと体を動かしてその一撃を避ける。
さらにそのまま勢いを殺さずに走り、その魔物を囲むように左右へと広がった。
「おぉぉ!」
そして先に攻撃を仕掛けたのはカイト。
袈裟懸けに剣を振るうと、魔物は後方へと跳びそれを避ける。
「はぁっ!」
だが、そこに地面を蹴って方向転換を終えたレンが拳を叩き込んだ。
音を立てて魔物が地面に叩きつけられ、動かなくなる。
「ナイス、カイト!」
「お前もな!」
この二人、伊達に十数年を共に過ごしていたわけではない。
というより、双子の兄妹の様な関係で育ってきたのだ。
信頼という関係では、誰にも負け劣りはしない。
家族の絆というのもおかしな話だが、まぁそういうものなのだろう。
次の一匹へと狙いを定めると、レンは軽く上へと跳ぶ。
その下にカイトの剣の腹が差し出され――
「跳べっ!」
「うんっ!」
その上に着地したレンは、カイトの力と己の跳躍力を使って思い切り高く跳んだ。
同時に剣を構え直したカイトも駆け出し、その魔物へと切り掛かる。
だが、金属音の後その一撃は受け止められてしまう。
しかしそれで問題は無い。
「鬱陶しいんだよっ!」
魔物の持つ武器を思い切り横へと払い、それが戻される前に身を屈める。
刹那、僅か上空を敵の武器が薙ぎ払って風を切る音がした。
身を屈めたカイトは片足を軸に、力任せに回り、そしてもう一方の足は、魔物の足を薙ぐ。
その一撃で体のバランスを崩した魔物が地面へと倒れるが、その際苦し紛れに振るわれた武器がカイトの腕を裂いていた。
しかしそんなことを気にする間も無く、
「とどめっ!」
空より舞い落ちたレンの拳が、魔物の腹を打つ。
重力を味方に付けたその一撃は、確実に魔物の意識を奪い取る威力だ。
その証拠に、魔物は呻き声をあげた後に、武器を取り落としてそこで動かなくなる。
「カイト、大丈夫?」
着地と同時、カイトの傷へ視線を向けながらそうレンは問い掛けた。
「掠っただけだ。気にするな」
確かに切り傷である以上、そこまで浅いというわけでもないが、痛みもほんの僅かしかないから問題は無い。
もっとも、魔物の持つ武器に毒でも塗られていれば話は別だろうが。
「次、行くぞ! レン!」
「うん、分かった!」
そしてまた、二人同時に地面を蹴った。
その先にいた魔物の攻撃をカイトが剣で受け止め、その腹にすかさずレンの拳が叩き込まれる。
だがそれだけでは意識を失わない魔物の武器をカイトの剣が薙ぎ払い、そして袈裟懸けにその剣が振り下ろされ、また一体。魔物が地面へと倒れていく。
「次――って……ありゃ?」
拳をすかさず構え直したレンが、呆けた様な声を出す。
それにカイトが不思議と周りを見渡してみれば――
「……終わってるな」
魔物達は、既に全滅していた。
自分達はまだ五体も倒していないというのに……やはり、単純な戦う力では大人とかには敵わないのだろう。
「あー……終わったよー……」
気が抜けたのだろう。
今の今まで拳を構えていたレンが地面へと座り込み、はぁ、と深く息を吐いた。
いや、ただ純粋に疲れたのだろう。
現にカイトだって、今すぐ座り込んでしまいたかった。
が、一応はカイトも男なので頑張って立っていることにした。
そのままふと周りを見れば、誰もが笑顔を浮かべ互いに喜び合っている姿がある。
犠牲者は無かった。
そのことでカイトも嬉しくなり、心の中で喜ぶ。
だが誰もがその感情に浸っていたからこそ、誰も考えはしなかった。
いや、忘れてしまっていた。
最初に巻き上がったあの火柱や、圧倒的な強さを誇っていたあの二人の男女のことなど。
魔物の騒動から二時間と少し。
すでに日は傾き始めていて、空は茜色に染まっていた。
そしてカイトはその空を見上げながら――鍋をかき混ぜていた。
つまり、料理中である。
ふと視線を空から鍋に下ろして、カイトは首を傾げた。
――全然煮立ってないし
どうしたものかと火の方を確認。そしてすぐに理由が分かった。
「レン、ちょっと薪取ってきてくれないか? 火が弱いんだ」
鍋をかき混ぜたまま顔を首を後ろに向け、フォークとスプーン両手に体を揺すっていたレンへとそう声を掛ける。
「へ? あ、うん、いいけど。裏の方だよね?」
「あぁ、丁度ここの外にある」
「了解だよ。空腹を満たすためならそれぐらいはどうってこと無いっ」
「……頼むからそれを、料理を手伝う方向で考えてくれ」
いや本当に。
こちとら、まだ二十に満たない少年だ。
毎日二人分の料理を朝昼晩と作るのはなかなか堪えるのだが――
そんなカイトの想いを知ってか知らずか、聞いてか聞かぬ振りか玄関の方へと駆けていったレン。
それを見て、カイトはまたため息を吐い――否、吹き出した。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!?」
いや、いきなり玄関からそんな絶叫が聞こえてくれば当然である。
火を消して、鍋に蓋をするという何気に冷静なことをやってからカイトは駆け出す。
あたかもレンを心配して焦ったように見えても、実は冷静なカイトだった。
まぁ、そんなことはともかく。
一応壁に立て掛けておいた剣を腰に差し、廊下を駆け抜けて玄関へ。
そして玄関に到着したカイトは、レンが驚いたように震えながら指差していた者を見て、絶句した。
というか思い出した。
ぶっちゃけ言ってしまえば、命の恩人の女性とと見知らぬ男性が立っていた。
「え? あ? な?」
その二人に既にレンは混乱していて、何か言葉を連呼していた。
――ということは、レンもどっちかを見たことがあるのか?
そんないらない状況判断をしている辺り、カイトはまだ余裕があるのかもしれない。
それでも表面上慌てているように見えるのは決して演技ではないが。
まぁつまりは、カイトも少なからず混乱しているわけで、
「な……なあぁぁぁぁぁぁ!?」
とりあえず、叫んでおいた。
こほん、と咳払いをして静寂を払ったのは、椅子に座る男性の方だ。
ちなみに現状は、叫んでしまっては村人の注目を集める可能性が非常に高かったために、カイトの判断でとりあえずは二人を家に招き入れたうえで、カイトとレンだけ夕食を食べ終えたところ、といった感じだ。
「とりあえず、自己紹介した方がいいか?」
そう切り出されても大して不信感を抱かなかったのは、もう大量に不信感を抱いているからか、どちらかといえばその二人自体に不信感を覚えていたからか。
……いや、どうでもいいか。そんなことは。
とりあえず知りたいのは、彼等が何者かということだ。
自己紹介はしておいて損は無いだろう。
「あぁ……そうした方がいいかも。俺はカイトで、こっちはレン」
隣ではレンが小さく頭を下げる。
ここまで人見知りは激しくなかったとは思うのだが、やはり先程の出会いのインパクトが強かったのだろうか。
だが、それを悟っているのかいないのか分からないような表情で男は頷くと、
「俺はディオ。でもってこっちが――」
「セレナだ。よろしく」
何故か間髪いれずにセレナはそう告げる。
隣では何故かディオが哀しそうな顔をしていたが、セレナが無視するようなのでこちらも無視することにした。
「それで……二人はどうして家に? 冒険者なら宿があるはずですけど」
自己紹介が終わって、また静寂が訪れようとした刹那にカイトがそう問い掛けた。
もう一度あの静寂が訪れるのは嫌だったのだろう。
「あー……」
しかし、何故か帰ってきたのは曖昧な返事で、そしてその返事をしたディオはちらりとセレナを横目で見る。
それが何かの合図だったかは分からないが、セレナはため息一つ。
そして、今度はディオの代わりに口を開いた。
「私達はこの国のお金を持ってない。だから、泊まることは出来ない」
「……はい?」
いや待て待て。金が無い?
それは、一体どういうことだ。
というか、旅人なのに一文無しとは、一体どんな旅をしてきたんだ?
「いやマイハニー……そんな説明じゃ伝わらないってぐふぉっ!?」
ドゴンッ! と凄い音がした。
もはや条件反射にカイトとレンは半身ぐらい後ろへ引いてしまうぐらいの出来事が起こったのだ。
まぁそれは起こるべきことが起こっただけなのだが――セレナの拳が、ディオの鳩尾を捉えていたのだ。それはもう見事に。
レンでも、あそこまで見事に入るだろうかと思えるぐらいだった。
「……その呼び方で私を呼ぶなと言った」
「い……いやマイハニー……? 別に拳で語らなくとぐおぅっ!」
「だから、呼ぶな」
今度は……ディオが少しだけ宙を舞った。
その時、何かディオの目から光る雫が零れた気がするが気のせいと思うことにした。
あんな屈強な体をしている男が、そうそう泣くはずないだろう。
「あぁ、すまない。それと、さっきの言葉も単刀直入すぎた」
と、その見事な拳を繰り出したセレナは、何も表情を変えることなくこちらへと振り返った。
一瞬二人の体が戦慄いたが、それも気のせいだろう。
「話を変えよう。二人は、私がなぜこの家に来たと思う?」
床に苦しそうに倒れるディオには視線も向けず、セレナはそう告げる。
そしてその質問に二人は首を傾げる。
いや、実際はその問いを出してきたセレナがあまりにも真面目な表情だったため、他にどういった反応をすればいいのか分からなかったのだ。
「えっと……」
レンが口篭もる。
自分達は間違い無くこの二人とは知り合いではない。
しかし、確かに二人にはこの家に来た理由はある。
となれば、
「カイトの両親の知り合いか何か、ですか?」
それ以外無いと思った。
だからそれを解答として口にしたつもりだった。
だというのに、返ってきたのは、
「外れだ」
この一言だった。
「多分二人は、自分達と私達とは面識が無い。だから、自分達ではなく本来のこの家の主と面識があるのか、と思ってはいないか?」
「……違うんですか?」
まるで二人の心を読んだようなその言葉にも驚いたが、それ以前にその言葉が外れだということに驚いた。
カイトの両親に用事が無いとすれば、一体何に? もしくは誰に?
「私達は、君達に会いに来た」
こちらが完全に理解しきる前に、答えは返ってきていた。
「俺達に……? でも、俺達は――」
「確かに、私達は君達と面識は無い。でも確かに私達は君達に会いに来た」
もはや何が何だか、理解が追いつかない。
「でも……私達は二人のこと知らないです。それなのにどうして、私達がここにいると分かったんですか?」
首を傾げるカイトに対し、問うたのは先程まで消極的だったはずのレンだ。
だがその問いにセレナは首を横に振る。
「分かったわけじゃない。でも、私達がここへ来たのは必然だった」
「……? それってどういう……――」
「簡単に言ってしまえば、俺達はここへしか来れなかったんだ」
と、横から口を挟んだのは、いつの間にか復活していたディオだった。
「あれ……いつの間に――じゃない……それってどういうことですか?」
「言葉通り、俺達は本当にここへしか来ることが出来なかったんだ」
ますますもって意味が分からない。
ここへしか来れなかったのに、だがそこにカイト達がいた?
偶然にしては出来すぎだ。
「まぁ、混乱するのも仕方ない、か」
苦笑気味にディオが呟く。
いや、そりゃ混乱もするだろう。
もうさっきから分からないだらけなのだから。
「二人とも、時間は大丈夫?」
不意に、セレナがそう二人へと告げた。
いきなりの問いに二人は顔を見合わせるが――だがすぐに頷いた。
「だったら、今から全部話す。だからしっかりと見ていて」
それだけを言い終えると、何故かセレナが立ち上がる。
そして何を思ったのか、近くの棚の上から一枚、紙を破ってその手に持った。
だが、次の瞬間だ。
「
二人は我が目を疑った。
が、それも当然。
いきなりセレナの手から炎が上がったかと思うと、その手にあった紙を包み込み、一瞬で灰と化したのだから。
「……何? 今の」
くいくいとレンがカイトの服の裾を引っ張るが、カイトからは当然返事は無い。
いやだって、と口篭もるだけだ。
だってあんなこと、理解すら出来るはず無い。
もはや完全に混乱した二人に対し、セレナは表情すら変えていない。
「これが、私達が
それどころか、そのままの表情であっさりと説明をしていた。
「……マイハニー、それもなかなか直球だぞ?」
「うるさい。それとそれで呼ぶな」
「いやあの……。てか、えぇ?」
「あぁ、すまなかった。とりあえず、二人には分かるように説明しようか」
ディオへと振り上げていた拳を下ろすと、セレナの視線は再びこちらを向く。
……できれば拳も解いてほしかったのだが、叶わないらしい。
「まず、私達はこの世界に住んでいるわけじゃない。こことは違う、別の世界から来た」
「……えと、とりあえず一つ目の質問ですけど……。世界って、ちゃんとした意味の世界……ですか?」
「そう。こことは違う――異世界と言った方が分かりやすい?」
「あ、いえ。一応分かるからいいんですけど……」
いや、実際は分かっていないのかもしれない。
セレナが言っていることは確かに理解している。
だが、何というか、セレナ達が異世界から来たという根本の部分の方が今だ理解し難いというか、とにかくそんな感じなのだ。
もし今からでも、何処からか誰かが『はい、冗談です』とか言って飛び込んできてくれたのなら、まだそっちを信じることだろう。
が、生憎そんな気配は感じられない。
これはもう、れっきとした真実を告げているのだ。それはもう間違いでも何でもなく。
「私達はこの魔術を使って、私達の世界とこの世界を繋ぐ道を作った。そしてそこを通って私達はここに来たの」
「道を……」
イメージは全くといっていいほど分からない。
しかし逆にそれは、イメージの出来る様なものではないということなのだろう。
「それで、ここからさっきの話に逆戻りするんだ」
セレナからディオへと再び話し手が変わる。
話すのなら、どちらかに統一してほしいというのに。
「その道は、繋ぐ両空間に魔力っていう魔術を使うためには必須なものを持っている何かが存在しないと使えないんだ。その道は魔力によって形が維持されるものだから、それが無いとどうにもならない」
「それで……つまりこの村に、その魔力を持った何かがあるってことですか?」
「そう言うことだ。そして、その何かの傍にいて、その影響を受けてしまったのが君達なんだ」
「……だから、その私達に会いに来た……?」
「当たり。これで大方の説明は終わったけれど……まずは、私達の勝手な理由で驚かせてしまって、悪いと思ってる」
いきなり話が変わり、頭を下げられた。
そしていきなり頭を下げられた二人は顔を見合わせ、すぐにその頭を上げるように説得に掛かっていた。
「あ、あのっ。私達そこまで驚いてませんからっ」
「でも、さっき叫んでいた」
「それはっ。さっき俺を助けてくれた人がいきなり家に来たから驚いたんであってっ」
「と、とにかくっ。頭上げてくださいっ!」
どうにも年上に頭を下げられるということには慣れていない二人だ。
必死に説得をした挙句、やっと顔を上げてもらえてかなりほっとした様子。
「まぁ……とりあえず次の話だ。俺達が君達に会いに来た理由なんだが、どうする? 今日は疲れたなら、明日でも構わないが」
「あー、いえ。大丈夫――だよな?」
「あ、うん。私も平気――です。」
「そうか。じゃあ話すとしよう」
姿勢を直しながらそう言うものだから、自然と二人も身構えを改め、話に臨もうとする。
「まずは単刀直入に言おうか。俺達は、君達の力を狩りたくて、君達に会いに来た」
「……俺達の力、ですか?」
「あぁ。さっき言った魔力を持った何かの傍にいた君達が影響を受けてしまった、と言ったよな?」
「はい」
「その何かなんだが……実は俺達にもどんな形をしているか分からないんだ。ただ、それが何なのかは、俺達の世界にあった書物から掴んだわけなんだが――」
と、そこまでを聞いたところで疑問を抱いた。
「あの……ちょっと待ってください。ということは、それはもともと、ディオさん達の世界にあった物、ってことですか?」
ディオ達の世界に書物が残っているということは、つまりその書物が書かれたときは確かにディオ達の世界にそれがあったことに繋がる。
「――まぁ、そうなるな。とは言っても、かなり昔にこの世界に持ち込まれたらしいから詳しくは知らないし、資料も残ってなかった」
「だけど、その中で一つだけ詳しく分かったのが、今ディオが言った、それが何なのかってこと。私達の世界でそれが一体どういうものなのかってことだった」
再び、話し手はセレナへと変わる。
「私達の世界には属性という概念があって、そして世界を形成しているのは元素と呼ばれている」
いきなり話がそう変わり一瞬声を出しかけたが、それも多分話に関係のあることだろうと理解し、口を閉ざす。
そしてそれは当たりだったらしく、セレナの話は途切れることなく続いていた。
「魔術は、その元素を魔力と一緒に練り込むことでその元素に応じた属性を持たせることが出来る。
――さっきの魔術がいい例で、あれは火属性の魔術と呼ぶもの。でも、その概念を無視した存在が、それ。
それは魔力を持った――というより、作られたときに魔力を半永久的に込められたもので、それは永続的に周りからある元素をどういう理屈か吸収し続けている」
やはり表情を変えることなくセレナは話し続けるが、気づいていないのだろうか。
二人――特にレンが目を回しかけていることに。
二人の登場、魔術というものの話、そして今の話。
その三つは理解するのにかなり苦労を要するもので、しかもそれを立て続けに聞かされれば誰でもこうなる――そりゃ、確かに先程は疲れてないとは言ったが、それはまた別の話だ。
「あ……あの、セレナさん」
と、そろそろ本当に限界が近づいたのか、レンが口を開いていた。
何? とセレナが首を傾げる。
「えと……そろそろ、頭の理解が追いつかないっていうか限界が近いっていうかぁ……」
「……大丈夫?」
「大丈夫――っていうわけにもいかないんで……ちょっと休みません?」
「私はいいけど――」
ちらりとセレナはディオを見る。
見られたディオは苦笑を浮かべるだけで、あとはただ頷いていた。
「――分かった。ちょっと私も、急ぎすぎた」
「あ、いえ。別にセレナさんのわけじゃあ……」
「そうですってば。てか、普通誰でもこうなりますし。――あ、俺ちょっと飲み物でも入れてきます」
そう席を立ち上がったカイトを見て、レンも慌てたように立ち上がった。
「わ、私も手伝うよー」
台所へ向かったカイトの背中を追いかけるように駆けていくレンを見ながら、二人はまた目を合わせた。
「この家は、賑やか」
「あぁ。何というか……楽しそうだな」
あの二人を巻き込んでしまうかもしれないなんて、本当に二人には苦痛以外の何でもなかったのだ。
だから二人はせめてこう願う。
あの二人が、せめて別れ別れには決してなることなんか無いようにと。
飲み物の入ったコップを傾ける四人の間にあるのは、静寂だ。
誰も口を開こうとはせず――いや、それはカイトとレンだけで、残る二人はその二人が落ち着くのを待っている、と言ったほうが正しいだろう。
そして、その静寂を終わらせたのは、やはりカイト達の方だった。
ことりと音を立てて、カイトのコップが机の上に置かれる。
そして、レンと顔を見合わせて、互いに頷いた。
「もう大丈夫です。すいません、時間取らせてしまって」
「いやいや、俺達だって悪いさ。謝らなくていい」
「えっと、続きをお願いしていいですか?」
「分かった」
残る三人も、各自コップを机に置いた。
「それが、ある元素を吸収しつづけている、ってところまでは、分かった?」
「はい。そこまでは」
「だったら続き。その属性というのが、聖属性といって、全ての属性の中で吸収する際に最も高い魔力比率を必要とするものなの。
つまりそれは、常に聖属性とそれを宿せるだけの魔力を込めたものということになる。……ここまでは分かる?」
どうやら、こちらのことを心配してくれているらしい。
が、生憎疲れなどは先程までの間に全て取り除いてしまっている。
頷きだけを返すと、セレナも頷いて再び口を開く。
「だから、それ程の魔力を持っているということは、やはり周りにも何らかの影響を与えてしまうということ。だからこそ、二人はその影響を受けてしまった。
具体的には、本来この世界では誰も持っていないはずの魔力を持ってしまったり、魔力が勝手に身体能力を上げてしまっていたり――もしくは、二人がそれを扱えるようになってしまっていたり」
それが核心だったのだろう。
話し終えて、セレナは口を閉ざした。ディオも口を閉ざした。
つまり、カイトとレンには、そのどれかが――いや、この二人のことだ。
おそらく、今言ったことは確実にカイトかレンか、あるいは二人に起こっているのだろう。
それを理解してしまったからこそ、余計に実感が湧かなかった。
何が自分の体に起こっているのか。それだけを理解しきれないのだ。
「つまりは……その、何だ。それを扱えるようになっていることが、俺達にとっては何よりの力なんだ。
だから、俺達は二人の力を借りたいんだが……――いや、とりあえず今日は休もう。結論を急いでもいいことなんか無いからな」
苦笑を浮かべながらディオがいい、セレナも頷く。とりあえずカイトとレンも頷いた。
あとがき
皆さんどうも、昴 遼です。
第二話、かなり脚色を加えながらもお届けします。
とりあえず、話の内容で全作まったく理解不能だったところなども含め、この話では説明をしたつもりなのですが……どうなったのでしょうか。
とりあえず私自身では納得のいくものになったとは思っていますが、やはり何かあると思いますので、そうなればメールなどで何でも言ってやってください。
さて、次回は昼夕方ときて、夜のお話になる予定です。
とは言っても予定は未定と言いますし、実際どうなるかは不明ですので、そうなればいいなぁ、と思いつつ今回はここで。では。